85話  一番のソウルメイトになって

海辺とは言っても田舎だからか、宿を取るのは割と簡単だった。


そういえば、今度のGWはずっと家を空けっぱなしにしたのかもしれない。明梨さんに会いに行って、家に戻って、その翌日にまたこの街に来たんだから。


夜の街は静かだった。海辺の風は強いけど、暗い空には星がキラキラと輝いている。



「わぁ……」



センパイは、海の星空を見上げながら感嘆を漏らしていた。


当たり前かもしれない。こんなに綺麗で純粋な星空は、都会では見ることができないから。



「綺麗だね」

「ですね」



答えると、センパイはすぐに目を細めて俺を睨んで来た。



「返事に魂がない。もっと真面目に返事して?」

「ええ~~ちゃんと本音が込められていたんですけど。センパイの錯覚ですよ、それ」

「また生意気なことを……ほら、早く来て?花火、するんでしょ?」



片手に線香花火を持っているセンパイは、薄い笑みを浮かべて手招きをする。


俺は水のバケツを持ったまま、センパイの後ろに付いて行った。



「でも、いきなりですね。線香花火がしたいだなんて」

「うん、こういうのしたことなかったからね。海に行くのも、花火をするのも、すべて初めてだから」

「なるほど」



ずっと初めてが重なり続ければいいと思う。


灰色の人生を歩んできたセンパイに、素敵で新しい経験がたくさん舞い込んで欲しかった。色彩を見つけて、その瞬間を楽しんで欲しい。


そして、その隣に俺がいれたら、それ以上素敵なことはない気がする。



「しかし、私たちしかいないね。しかも真っ暗だし」

「まあ、田舎の町ですから。さてと……」



暗闇の中で俺たちはお互いを見合わせ、頷く。


間もなくして、綺麗な線香花火が夜を照らし出す。



「わぁ………」

「火傷しないように気を付けてくださいね」

「こんな場面でムードのないこと言わないでよ」

「センパイが傷つくのは嫌ですから」



単純な本音を伝えると、センパイは頬を膨らませながらも納得したように頷いた。


綺麗に散っていく花火と、センパイの顔が視界に入ってくる。


俺はこの人のことが好きだ。


これ以上好きになれる相手なんて、絶対に表れるはずがないと思ってしまうほど、俺はこの人に溺れている。


俺の初めてをすべて奪った人で、これからの初めてもすべて奪ってくれる人。


夜のムードに当てられたからか、星空が綺麗だからかは分からないけど。


気付けば、俺はぽつりと感情を零していた。



「好きですよ、センパイ」



花火が消える。


センパイの顔はまた暗闇に覆われて、どんな顔をしているのかがよく見えない。確かなのは、センパイが沈黙していることだった。


でも、俺の好きは常にセンパイに伝わっているものだ。


だから、今度も流されるだろうなと思って、俺は持っていた花火をバケツの中に入れる。


そして、次の瞬間。



「好きだよ」



明らかに自分の声じゃない好きが、聞こえてくる。


俺は一瞬、なにを聞かれたのかが分からなかった。ピタリと止まっている俺に釘を刺すように、センパイは重ねて言う。



「好きだよ」

「………………………」



そして、バケツの手前で止まっている俺の手を握りながら、センパイは言う。



「花火が」

「………………………」



急に心の中でもやがかかって、俺はセンパイを睨む。


センパイは、知らん顔で新しい花火を取り出して、俺に渡してきた。



「……センパイ」

「………………やだ」

「もう一度言ってくれますか?その言葉」

「やだって言った。もう言わない」

「どうしてですか?」

「さっきの発言は忘れて」



忘れるわけないと知っていながらも、センパイはそんなことを言う。


俺は、花火を持っているセンパイの手首を強く握る。



「好きです、センパイ」

「………私は、コウハイ君のこと嫌い」

「じゃ、さっきの発言は何だったんですか?本当は花火なんか関心もないじゃないですか」

「瞬間に流されただけなの」



何故か、センパイの声には少しだけ涙が滲んでいた。



「瞬間の感情に流されて、特別だと思わされて……それで、漏れただけ。私は、一生を誓ってくれないコウハイ君なんか、大嫌い」

「……既に12年ももらってるじゃないですか」

「120年をもらえないと、私は嫌」

「120年って……その頃は死んでいますよ?俺たち二人とも」

「だから、死んだ後も一緒にいると約束して」



そして、涙に滲んだ声は段々と切実になっていく。



「死んだ後も私の傍にいると、約束してよ。真面目さなんか、もうどうでもいいから」

「…………」

「私は、私は……コウハイ君を失いたくない。絶対に、なにがあっても」

「…………」



人と人との関係は変わる。


常に愛するとか、常に好きでいるとかはできない。一緒にいれば嫌なことが起こるだろうし、愛も薄れてしまうだろうし、喜びも悲しみにいくらでも移り変わる。


そんな関係の中で一生という言葉は、あまりにも似合わない気がする。離婚、別れという言葉がその裏返しだ。


でも、センパイは純粋に、まるで子供のように一生だけを唱えていて。


俺は、センパイをぎゅっと抱きしめて、砂浜で横になる。



「………コウハイ君」

「はい」

「好きって言わせて。お願いだから、言わせて……」

「………」



俺の取るべき選択肢は、既に決まっていた。



「センパイ」

「うん」

「結婚してください」



遠くから、波の音が聞こえてきた。


センパイは俺の体の上に乗っかったまま、ただただ俺をジッと見下ろしている。その視線は、俺の真意を確かめようと執拗にがれていた。



「……私は、結婚なんて信じない」

「俺も、結婚なんて信じません」

「コウハイ君は逃げているだけだよ。一生の言葉が、結婚と同義語になるわけないじゃない」

「でも、近い言葉ではありますから」



もちろん、俺はセンパイが結婚なんかで満足するとは思わない。


でも、それが今の本音だった。



「センパイと、新しい形の家族になりたいです」

「……新しい、形って?」

「俺たちが経験したような家族じゃなくて……常に結ばれていて、触れ合っていて、分かち合うような、そんな家族になりたいです」

「……その家族の終着点は?」

「人生ではなにが起こるか分かりませんけど」



俺はセンパイの頬に自分の両手をあてがいながら、伝える。



「俺は死ぬまでセンパイを愛し続ける覚悟がありますから」

「……それが、なんで一生にはならないの?」

「俺がセンパイにとって悲しみに変質してしまえば、センパイの幸せをさまたげるような存在になったら……俺はセンパイの傍を離れるしかなくなりますから」



これこそが、俺の本音だった。


俺に一番大事なのは欲望じゃなくて、センパイの幸せで。


センパイの幸せに俺が邪魔になるようだったら、俺はいつでもセンパイから離れられる自信があった。



「……そんな理由で、一生を誓わなかったんだ?」

「……はい。だから、結婚という言葉を口にしたんです。結婚なんて、社会が与えてくれる外堀ですから」

「……ふふっ」



センパイの目尻に溜まった涙が、一滴だけ俺の頬に落ちる。


センパイは、確かに笑っていた。



「コウハイ君、誓って」

「……何をですか?」

「私の一番のソウルメイトになってくれるって」



鼻の先が触れ合うほど顔を近づけながら、センパイは言う。



「魂が繋がっている友達……そう、私の一番の友達になって。私はね、コウハイ君。自信があるの」

「……なんの自信ですか?」

「私よりコウハイ君を理解してくれる人はいないし」



そこで、センパイは一度キスをしてから言葉を続けた。



「コウハイ君より、私を理解してくれる人も、きっといないはずだよ」

「………」

「一生が嫌なら、代わりにそれを誓って。いつかは一生も誓ってもらうけど」

「……そうしたら、俺と結婚してくれますか?」

「うん」



愛おしそうに俺の頬を撫でながら、センパイは言う。



「そうしたら、君の家族になってあげる。君の未来のすべてを……時間を、感情を、すべてを奪ってあげる」

「……ありがとうございます」

「ぷふっ、やっぱり変人」



しばらくの間お互いを見つめ合って、俺たちは目を閉じる。


どちらともなく唇を重ねる。冷たい風が吹いている夜の砂浜でも、センパイの唇はちゃんと暖かかった。


思わずありがとうって言ってしまったなと、俺は実感する。


それほど、俺はセンパイに未来を奪われるのが好きになっていて。



「好きだよ」

「……」

「好きだよ、コウハイ君。本当に……大好きだよ」



センパイも、自分の未来を俺に託すほど。


俺を好きになってくれているのが、よく伝わってきた。

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