84話  私のコウハイ君との関係の名前

「わぁ……」



初めて見た海は、思ってた以上に青くて綺麗だった。


砂浜に人がいないからかもしれないけど、想像以上に青かった。私は、コウハイ君と目を合わせた後に靴を脱ぐ。


コウハイ君もさっそく靴を脱いで、私の後ろについてきた。



「転ばないように気を付けてくださいね」

「子供じゃあるまいし」



クスリと笑いながら、私は足元が浸かるくらいで海に入る。


新鮮な感覚だった。冷たくて、波が引くたびに踏んでいる砂粒が流されて、不思議でもあった。


水平線は日差しを浴びてキラキラしていて、空は青くて、隣にはコウハイ君が立っている。春の風も気持ちいい。


胸に何かがこみ上がってくる。


これが幸せで、これが喜びなのだと、私はもう知っている。



「………」



そして、風に吹かれている私を、コウハイ君はただ見ているだけだった。



「どうしたの?」

「……いえ、えっと」

「またエッチなこと考えたでしょ」

「そんなの考えませんってば……綺麗だなって思っただけです」

「……とんでもないこと言うね、本当に」

「センパイほどじゃないですよ、きっと」



コウハイ君は自然と手を繋いできて、私はその間に指を絡ませる。


繋がっている。コウハイ君と私の魂は似ていて、心の形は同じで、肌は触れ合っている。そして、私はコウハイ君のことが好きだ。


海辺があまりにもキラキラで、泣き出しそうになる。


横に顔を向けたら、待っていたとばかりにキスをされてしまった。



「んっ……!?ん、ちゅっ……んむっ、ちゅっ」



突然キスをされたにも関わらず、私は当たり前のようにキスを受け入れる。


風が段々と強くなって、肌が少し湿っぽくなる。ああ、他の人が見たら、これは恋人に映るだろうなって私は理解してしまう。



「……なんでキスしたの?」

「……キスには理由が必要なんですね?」

「そりゃ、キスだし。好きな人同士がする行為だし」

「ウソつかないでください。セフレだった頃のセンパイは、別に俺のこと好きじゃなかったじゃないですか」

「今もセフレだよ?立派なセフレなんですけど」

「……本気で言ってますか?」

「それじゃないと、関係を定義づける言葉が見つからないもの」



恋人ではない。


夫婦でもないし、友達というにはしっとりしすぎている。でも、コウハイ君の言う通り、セフレみたいに軽くもない。


私とコウハイ君を結べる言葉は、一つしかいない。



「ソウルメイト、でいいんじゃないかな」

「……ソウルメイト」

「うん。魂の形が似ているから、それでいいんじゃない?」



ソウルメイトに恋をしたり、永遠を要求したりするのかは別として。


私は、割と本気でその言葉を口にしていた。海風に吹かれながら、コウハイ君はその言葉の意味を反芻する。


それから、薄っすらと笑みを浮かべて海を見た。



「綺麗ですね、海」

「だね、海は初めてだけど……いいな。この海は」

「ソウルメイトって、けっこう重い言葉じゃないでしょうか」

「どうして?」

「恋人より探すのが難しいですからね」



……その通りだ。


だから、私はよかったと思っている。あのショットバーで、厄介な男に絡まれてよかったと思っている。


その事件が起きなかったら、私はコウハイ君と出会わなかった。そうなったらコウハイ君は、同じ場所にいた他人として扱われて私に何も残さなかったんだろう。


でも、そのきっかけがあったから……ここまで来れた。


もちろん、最初に同棲を提案した頃の私はコウハイ君が好きだとか、永遠を誓わせたいとかは思ってなかったけど。



「濡れてみようか」

「……えっ?」

「ソウルメイトだから、付き合ってよ」

「いや、ちょっ。着替えは!?」

「実は、私は持ってきてるんだよね」

「ちょっ……!」



コウハイ君と手を繋いだまま、私は後ろに倒れる。


慌ててコウハイ君が私を支えようとしたら、そのままコウハイ君を抱きしめて後ろに倒れた。


パシャッと音が鳴って、私たちはずぶ濡れになる。髪の毛まで濡れて、頬に引っ付くようになる。


コウハイ君は、明らかに私をどうやって懲らしめるか悩んでいる表情だった。



「ふふっ、ふふふっ」

「……センパイ」

「やだ~目が怖いよ、コウハイ君?センパイにそんな目を向けてもいいのかな?」

「絶対に許しませんから……!」

「あっ、ちょっ……!」



コウハイ君が私の肩を押す。私は簡単にまた倒れて、顔を見ずにつけてしまう。


そのまま、突然唇が塞がれた。


水の中でふっ、と慌てて咳をしてからようやく、キスされているって理解する。



「ぷはっ……!けほっ、けほっ、ふぅ……ああ、もう……!」

「ふぅ、ふぅ……」

「ちょっと水飲んだじゃん……うわっ、しょっぱ……」

「まあ、お仕置きにはちゃんとなれたようですね」

「しれっととんでもないことしてくるな~~」



コウハイ君はちょっと申し訳なさそうな顔で、後ろ頭を掻いているだけだった。


私は、何度か咳をしてからコウハイ君をジッと睨む。



「……分かりました。俺が悪かったです」

「……ぷふっ」

「えっ、なんで笑うんですか?」

「元はと言えば私が悪いからね。ふふっ」

「えっ……んんっ!?ちゅっ……」



海水はしょっぱい。


その当たり前な事実を、25年も生きて初めて感じるようになった。コウハイ君じゃなかったら、きっとこの先の25年が経っても感じられなかったはずだ。


コウハイ君の唇も、当然しょっぱかった。


びしょぬれで、服は体にひっついていて、髪は濡れて化粧も崩れて、最悪な状態だと言ってもいい。


それでも、別に気持ち悪くならないのは。


この人が、傍にいてくれるからだ。



「……お仕置き」

「……ありがとうございます」

「こら、感謝しないの。お仕置きなのに」

「ぷふっ」



もう、気持ちを抑えるのも無理かなと思ってしまうくらい。


私はこの人に、溺れていた。

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