82話 コウハイ君以外の恋を、私は探せない
一年、また一年増えて行く。
今日は12年まで引き延ばした。いい調子だと思う。このまま13年も、14年も、20年も……ずっと重なり続ければいい。
温泉のお水に浸りながら、私はぼうっと故郷の夜空を見上げた。
帰る場所がないから、旅館の予約を取った。私はここで生まれたけど、ここは私にとって他の知らない地方とあまり変わりがなかった。
私には家族がいない。私は愛を知らない。
私は……欠乏している人間だ。
「ふぅ……」
だから、ここまで明梨を大切に思えるのだろう。だから、コウハイ君にこれほど執着しているのだろう。
コウハイ君と永遠に一緒にいたいという感情は、日に日に膨らんでいく。
その膨らみから目を背けようとしても、あまりにも膨大化したせいでどこに振り向いても勝手に目に見えるようになった。
どこで何をしていても好きがたくさん散らばっていて、私は狂いそうになる。私はコウハイ君のことを考えている。
コウハイ君を愛している。
たぶん、漏れているんじゃないかなと思う。今日の私は……明梨の前で見せた私の姿は、あまりにも好きが漏れていた。
露骨に、コウハイ君と一緒にいたがっていた。
「………」
のぼせてしまいそうで、私は温泉から出て軽く体を洗い流して、浴衣を着た。
好きな人が待っている部屋に戻ると、その好きな人は浴衣姿で、私を見るなり幸せそうに笑ってくれる。
私も笑って、当たり前のようにコウハイ君の上に腰かけた。
「……センパイ」
「なに?」
「動きにくいです」
「重いって言ったら殺す」
「重くないですよ。センパイが重かったことなんて一度もありませんから」
コウハイ君はそのまま、自然と私の肩に顎を乗せてスマホをいじり始めた。
こんなスキンシップにも平気にいられるなんて、やっぱり生意気になったと思う。
「一年ぶりの地元はどうでしたか、センパイ?」
動画を見ている間に、唐突に投げられた質問。
私はコウハイ君の腕を私の首筋に巻きながら、言った。
「つまらなかった、相変わらず」
「ですよね。地元って」
「ぷふっ、ちょっと偏見強くない?まあ、私たちの親はどちらとも毒親だから、当たり前だけど」
「ですね。たぶん、他の人たちはもっと愛着があるんじゃないでしょうか。迎えてくれる家族がいる人たちなら」
コウハイ君が再生している動画はレシピ動画だった。あと数日でこのメニューが食卓に上がると思うと、少しだけ胸が弾む。
「だよね、世界は私たちだけがいるわけじゃないから」
「幸せな人々も、いっぱいいるでしょうね」
「……私は、不幸じゃないよ」
首筋に巻かれているコウハイ君の腕を、手で握りながら。
私は大事だけど、すぐにかき消されそうな声でボソッと言う。
「不幸じゃないよ、私は。だから、その人たちと私たちは、そこまで変わらない気がする」
「…………」
コウハイ君は動画を中止して、私をぎゅっと抱きしめてくる。
本当に、本当に大切に思ってくれていることが伝わってくる動きだった。コウハイ君の愛の量をうかがい知れる抱きしめ方だ。
「センパイ」
「うん」
「もう俺の帰る場所は、あの家しかいません。俺たちが一緒に住んでいる、あの家」
「……………私も」
「はい?」
「私も、同じ」
羞恥心を堪えながら後ろを向くと、コウハイ君は本当に予想もしていなかったと言わんばかりに、目を見開いていた。
「……お酒、まだ入ってないんですよね?」
「私を何だと思っているのかな~私、割と率直な人間だと思ってるのに」
「素直ですけど……でも、肝心な言葉はあまり言いませんから」
「それはコウハイ君がおかしいだけだよ。肝心な言葉を選り好みもせずに言っちゃうから」
本当に、このコウハイ君にはどれだけ困らされたことか。
先に私と一緒にいたいと言ったのもコウハイ君だった。先に好きって言ってくれたのも、5年だった私の提案を勝手に10年に引き延ばしたのも、すべてコウハイ君だ。
私はその素直さに何度も助けられてきたけど、やっぱり恨めしい時もけっこうある。
「……せっかくのGWですから、どこか遊びでも行きませんか?」
「でも、今さら宿の予約なんて取れるかな?取れない気がするけど」
「レンタカーでドライブするのも悪くないですね」
「だから、寝るのはどうするの?日帰りにするってこと?」
「それでいいんじゃないでしょうか。まあ、運転はなんとなくいけると思うので」
………このコウハイは、本当に。
時にはヤバいくらい、私しか見ていないような気がする。
「……他の約束はないの?友達に会ったりとか」
「俺、人間関係がけっこう狭くて深いタイプなので」
「へぇ……そっか、私と同じだね」
「センパイは狭いの域を超えてますよね、友達に関しては」
「……今日のエッチ禁止」
「理不尽だ~」
あははっ、と笑いながらコウハイ君はもう一度私を抱きしめる。
私は、私のお腹に回されたコウハイ君の手の上に、私の手を重ねながら言う。
「コウハイ君」
「はい」
「ありがとうね、傍にいてくれて」
「…………………」
ボソッと出てしまった本音を、コウハイ君はちゃんと味わうように間を置いた。
それから、こすりつけるように私の肩の上に顎を擦りながら言う。
「センパイの隣にいるためには、俺の人生をかける必要があるんですよね?」
「……たぶん、そうかも」
「たぶんじゃないなじゃないですか。センパイが望むのは揺るがない関係だから」
「……知ってるなら、聞かなくてもよかったじゃない」
「自分の感情を知るためにも、聞く必要があったんです」
「自分の感情?」
「俺が人生をかけたいかどうかを、確かめたかったんですから」
私が慌てて押し黙っていると、コウハイ君は手を解きながら後ろに体を退かせる。
「知ってますか、センパイ?」
「……なにを?」
「俺、12年後だったら36です」
「それで?」
「俺は、その歳で新しい愛を探せる人間ではない気がします」
それは、私が望む答えであって、私の望みからはちょっとズレているような答えでもあった。
でも、どのみち大きな進展であることには変わりがなくて、だから私は目を見開く。
コウハイ君は、そのまま私の膝の裏と首の後ろに手を入れて、ゆっくりと立ち上がった。
「そして、センパイはその歳になったら37ですね」
「………うん」
「センパイは、その歳で新しい関係を探せますか?」
「………探せないと思う」
探したとしても、コウハイ君より薄いはずだ。
この子はもう、私に色々なものを与えすぎている。
背筋がピリッとするような快感も、温もりも、日常のささいな刺激も、好きも、キスも、ハグも。
すべてコウハイ君が教えてくれた。すべてコウハイ君からもらったものだ。
だから、私の言葉は間違っている。
探せないと思う、じゃない。
絶対に探せないはずだ。
「嬉しいです」
この歳でお姫様抱っこなんて、さすがに恥ずかしい。
それでも、コウハイ君は布団が敷かれているところに連れて行ってくれて。
私の中にはまた一枚、コウハイ君が重なる。
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