80話  コウハイ君が死ぬと、たぶん私も死ぬ

「すぅ、すぅ………」

「………」



車内の中はかなり混んでいた。すべての座席は埋まっていて、地元に向かう新幹線は滞りなく、私たちを遠くへ運んでいく。


地元に、過去にいい思い出なんてあまりなかった。


私にとって唯一、いい思い出として呼べるものがあるとするなら、本当に明梨の存在だけだった。


それほど明梨は特別で、だから私は毎年のように明梨を訪ねることにしている。


もし、コウハイ君が死んだらどうなるんだろう、と要らない思考が浮かび上がった。


思考が巡った途端に、心臓が激しく痛んで言葉では言い表せないくらいの絶望感が押し寄せてくる。


ああ、たぶん私も死ぬだろうなって、なんとなく納得してしまった。



「…………んん」



そして、件のコウハイ君は私の隣で呑気に眠りこけている。


寝顔はだらしないけど、可愛い。惚れた弱みと言われれば返す言葉もないけど、コウハイ君は本当に可愛かった。


私は、コウハイ君の頬に自分の手を当ててみる。



「んん、んぅ……んん……」

「ふふっ」



相変わらず手は冷たくて、コウハイ君の頬は暖かい。


死なないでねと小さく、私は囁いた。


お願い、コウハイ君。私を置いてどっかに行ったりしないで。いなくならないで。君は明梨だから……いや、明梨以上だから。


大切な人を失う経験は一度でいい。二度は、許せない。私は絶対に死ぬ。


でも、私はまだ死にたくはないから……お願い、コウハイ君。


なにがあっても、絶対に死なないで。



「…………」



地元に無事に到着すると、コウハイ君が電車から降りて背伸びをする。


それから、駅の中を何度か見回ってから私に振り向いてきた。



「ここがセンパイの地元なんですね」

「あまり帰りたいとこじゃないけど」

「ふふっ、同じですね」



……そういえば、コウハイ君も家族といざこざあって、実家には帰らないんだっけ。


本当に似た者同士だなと思う。私たちが出会ったのは、運命だったかもしれない。



「家族には、会わないんですよね?」

「母はどこで何してるのかも分からないし、父は精神病院にいるから」

「……行きましょう、明梨さんが眠っている場所に」

「うん」



ちょっと……いや、かなり雰囲気を壊す発言だったかもしれない。


素直なのは私の長所でもあるけど、同時にとてつもない短所でもある。そして、コウハイ君が困った表情をするたび、私は動揺してしまう。


好きな人をガッカリさせたくはないけど、つい口が勝手に動いて、平和を突き崩すのだ。


変な話だ。私がこんなにも、自分の言葉に気を付けるようになるなんて。



「センパイ」

「うん?」

「手、繋いでもいいですか?」



……でも、少なくとも好感度はあまり下がらなかったらしい。


私はコウハイ君を見上げた。コウハイ君は私を見つめたまま、しばらくして片手を伸ばしてきた。


変な男だ。コウハイ君があまり普通な人間だとは思わない。でも、だからこそ私を埋めてくれる。


人を好きになることで、自分の空っぽだった何かが埋まっていく気がした。


これが錯覚なんかではありませんようにと、願わざるを得なくなるほどの甘い好きだった。



「後でお昼、奢ってね」

「手離してもいいですか?」

「晩ご飯は私が奢る」

「……明日の朝は俺が奢ります」

「ぷふっ、真面目過ぎ」



コウハイ君と手を繋いで、私たちは明梨のお墓に向かう。


明梨、さんざん嫉妬してくれないかなと、少し面白くなってしまった。

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