ゴールデンウイーク

79話  センパイも俺と同じだ

センパイと一緒に暮らし始めてから、休日が楽しみになった。24時間、ずっとセンパイと一緒にいられるからだ。


だから、そういう休日が何日も連なっているGWは、今までのどのGWより輝かしく見えた。



「GWの予定はありますか?」



夕食を食べ終えて、互いにドーナツとコーヒーを楽しんでいる最中。


来週に控えた連休の日程を聞いてみると、センパイは苦笑を浮かべながら言う。



「一日だけあるかな」

「えっ、入ってるんですか」

「うん、その日は明梨あかりの命日だから……地元に一度帰らなきゃいけないんだよね」



急な話題に、場の空気が沈む。咄嗟にどんな反応を取ればいいか分からなくなった。


でも、そっか。明梨さんの命日か……。



「俺も一緒に付いて行ってもいいですか?」

「……コウハイ君が?」

「はい。ちなみに、お墓参りとかする感じでいいんですよね」

「うん、普通に花とか持って行くつもりだけど……本当に付いてくる気?」

「はい、会ってみたいんですよ、明梨さんに」

「……なんで?」

「大切な人の大切な人ですから」



意表を突かれたように、センパイが一瞬口ごもる。


やがてその顔は少しの恨めしさに変わって、センパイは俺の太ももに足を乗せてくる。


なにかを抗議したい時に、センパイがよく取る行動だった。



「誕生日が終わって、好きな人って言うのは禁止にされましたから」

「大切な人の方がもっと聞きにくいんだけど」

「なら、好きな人にしますか?」

「……なんでこんなに生意気になったの?」



言葉の内容とは裏腹に、私がセンパイが心底嫌がってはいないと、ちゃんと見極めることができる。


だって、怒ってるなら耳たぶを真っ赤にするはずがないのだ。


最近のセンパイはとにかく感情が顔に出るようになって、赤い瞳の色と同じくらいに頬を染める頻度も多くなった。


大人から学生に逆戻りしたような反応だった。


俺は、その反応が愛おしくて、センパイのことがもっと好きになる。



「とにかく、俺も付いて行きたいんですが……大丈夫ですか?」

「なにが?」

「俺が一緒にいても。嫌なら、断ってくれても全然構わないんですよ?」

「私がもし一人で地元に行くとしたら、コウハイ君はどうするの?」

「一人寂しく、映画でも見てるんじゃないでしょうか」



センパイは少しだけ沈黙してから、ため息をつきながら言った。



「分かった、一緒に行こう」

「えっ、本当にいいんですか?」

「……コウハイ君が脅かしたくせに、なにを言ってるの。寂しく映画でも見るって、半分脅迫じゃん」

「いや、センパイが嫌なら―――」

「私は嫌じゃない」



センパイは俺の言葉を遮ってから、言う。



「明梨にコウハイ君を会わせるのも、コウハイ君に明梨を会わせるのも、嫌じゃない」

「……そうですか」

「うん、そういうわけだから……じゃ、新幹線のチケットは2枚予約しておくね」

「お願いします」



センパイと新幹線に乗るのは、旅行の時以来か。


そういうことを思い浮かべていると、センパイがボソッと聞いてくる。



「コウハイ君」

「はい」

「私のこと、好きだよね?」

「はい」

「私のこと、大切に思ってるんだよね?」

「はい」

「……私と、10年以上は一緒に暮らしてくれるんだよね?」

「……どうしたんですか?わざわざ確認しなくても、俺は気が変わったりはしませんよ?」



首を傾げながら尋ねると、センパイはしばし目を伏せてから立ち上がった。



「明梨に、コウハイ君をなんて紹介すればいいか、ちょっと迷ってたから」

「……片思い真っ最中の痛い男、くらいでいいんじゃないですか」

「……片思い、ね」

「はい、片思いです」



ゆっくりと、俺の頬にセンパイの冷たい両手が添えられる。


これは、片思いの濃度が薄い行為だった。キスも、セックスも、ハグも、膝枕も、こういった些細なスキンシップも。


センパイのおかげで、俺は助かっていると思う。


俺は片思いをしている割には、あんまり苦しんではいない気がする。逆に、センパイは片思いをされている側なのに、俺よりも苦しく見える時がある。


今がちょうど、そんな時で。


俺は立ち上がって、センパイをぎゅって抱きしめた。



「……なんでハグ?」

「……したかったので」

「私たち、ただハグしたいからハグするような関係なんだ」

「そうやって変質させたのは、俺じゃないですよ」



センパイは思いを押し殺している。


そして、その意地をむやみに破く必要はないと思う。ただ、こうやって俺なりの好きと愛を伝え続ければいい。


これを、センパイも望んでいるはずだから。



「恋人なんて、私は嫌だよ」

「知ってます、センパイ」

「……私が好きなら、恋人より重い気持ちを抱いて。お願いだから」



センパイと一緒にいるためには、俺の人生すべてをかけなければならない。


そして俺は、そのことに納得していた。



「センパイ」

「うん」

「センパイが、俺の最初で最後ですから、安心していいですよ」

「………好きになる人のこと?」

「よく分かってるじゃないですか」



俺は体を離して、センパイとの視線を混ぜ合わせる。


そう、センパイがきっと最初で最後だ。


この人ほど強烈に好きになれる人もいないはずで。


この人ほど、魂の波長が合う人もいないはずだ。


もちろん、俺はこれからも色んな人々と顔を合わせながら生きていくことになるだろう。


でも、俺はそうとしか思えなかった。



「……目、閉じて」



その言葉は、センパイの口から出たもので。


言葉が行き着く先は当然キスで、俺はセンパイを抱きしめながら上半身を屈める。センパイは、すぐに俺の唇を塞いでくる。


そっか、センパイも俺と同じなのかと。


ほのかに、そう気づくことができるキスだった。


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