78話  コウハイ君に誓わせたい

「好きですよ」

「………………」

「好きです、センパイ」



私も好き。


そう返したい気持ちが湧き上がって、どうすればいいか分からなくなる。


私は好きと言ってはならない。好きと言った瞬間、私たちの関係は恋人になってしまう。そして、恋人はいつか別れる。


私はコウハイ君と別れたくない。


もう二度と、誰かを失うのは耐えられないから。母に捨てられて、父に犯されそうになって、親友が自殺して、自分自身を孤立して。


そんなめちゃくちゃな人生の中で、コウハイ君は唯一と言ってもいいほど輝かしく、日常を彩らせてくれた。


コウハイ君を失ったら、私は本当にダメになる。



「センパイ、目を開けてください」

「……」

「まだ夜じゃないですよ。さっきからずっと起きてたじゃないですか」

「………………」



目を開けると、少しだけ眉根をひそめているコウハイ君が見える。


私は、コウハイ君の上に横座りをしていた。そのまま、両腕をコウハイ君の首筋に巻いて、コウハイ君との距離を縮める。



「……センパイ」

「コウハイ君」

「はい」

「これから、好きって言うのは禁止」

「…………………」



苦しい顔で、コウハイ君は目を細める。あからさまに納得できていない表情だった。


当たり前だ。これはいつもの理不尽で、コウハイ君にだけ我慢を強いるような命令だから。



「まだ、誕生日なんですけど」

「……禁止。お願いだから」

「理由を教えてもらえませんか?」

「私が聞きたくないから。これ以上に明確な理由がある?」

「それはすなわち、センパイが俺のこと嫌いだってことでいいんですか」



………バカバカしい話。


そんなはずないと分かっているくせに、わざわざ意地悪をするなんて。



「永遠を誓ってくれないコウハイ君は、確かに嫌いかな」

「あはっ……じゃ、俺がずっと一緒にいるって言ったら?」

「え?」

「ずっと……10年以上に一緒にいると言ったら、俺はセンパイに好きって言えますか?」



人生がかかっている重い内容を、コウハイ君は本当にしれっと口にする。


私は、驚くしかなかった。まるで、ずっと一緒にいると当たり前に思っているみたいで、混乱して、分からなくなる。



「好きですよ、センパイ」



そこでコウハイ君は、私があえて禁止した言葉を口にする。



「……大好きです」

「…………やだ」

「これくらいは言わせてください。誕生日じゃないですか」

「そんなに軽々しく好きって言わないで。中に込められている気持ちも軽く感じちゃうから」

「10年を誓ったのに?」

「それでも、ダメ」

「…………好きです、センパイ」



……モヤモヤする。


コウハイ君を懲らしめたいのに、懲らしめる手段が思い出せない。


今日はコウハイ君の誕生日で、私はコウハイ君に抱きしめられていて、身動きが上手く取れない態勢で、一方的に好きって囁かれて。


そして、私はそれがちっとも嫌だとは感じていない。


当たり前だ。好きな人に好きって囁かれるのはとてつもない祝福で、心臓が飛び出しちゃうほどの強烈な経験だから。


私がこの世でもっとも好きな人が、私をぎゅって抱きしめたまま、好きって囁いているのだ。


蕩けない方がおかしいと思う。



「センパイは俺のこと、好きですか?」



……そう、こんな質問に当たり前じゃん、と返したくなるほど、私はコウハイ君によって溶けてしまっている。


益々モヤモヤして、でも言葉で上手く表現するのは難しくて、一番簡単なのはやはり、唇を防ぐことだった。


だから、私はコウハイ君の顔をぐっと引き寄せて、その唇をそのまま塞いだ。


この行為が、さっきの質問の返事になりかねないということを知っていながらも、私はどうしてもキスを我慢するのができなかった。


そうなっちゃうくらいには、コウハイ君に蕩けていた。



「……………」

「……………」



唇が離れると、当たり前のように至近距離でお互いを見つめ合う。


私はこの時間が好きで、嫌いだった。


嫌いな理由は簡単だ。益々コウハイ君のことが好きになっていくから。



「……好きじゃない」

「今ので、好きじゃないんですよね」

「うん、コウハイ君なんか、好きじゃない」

「ぷふっ」

「……何がおかしいのよ」

「……そんなに苦しい顔しないでください」



………………………え?


苦しい顔?どういうこと?私、そんな顔なんて―――



「好きですよ、センパイ」



慌てていると、急にコウハイ君にキスされて頭のヒューズが飛んでしまう。


説得力がないと分かっていながらも、私は唇を重ねて、舌を絡め合わせる。私はコウハイ君のことが嫌いだ。好きじゃない。


――――いや、違う。


もう、ウソもつけないくらいコウハイ君のことが好きになった。


もう、嫌いだとか、好きじゃないとかのウソはつきたくない。



「……早く」

「はい?」

「早く、誓ってよ………ずっと一緒にいると」

「……………」



だから、こんな子供みたいに駄々をこねて、コウハイ君を困らせてしまう。


コウハイ君は、心底嬉しそうに顔を綻ばせながら言う。



「ずっと一緒にいます」

「……………」

「センパイの隣で、ずっと」



その言葉の後、コウハイ君は普段より長いキスを送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る