77話  センパイが線を無くしている

センパイは俺のことをどう思っているんだろう。


当たり前に俺の膝の上に座って、体を預けてくるセンパイ。その体を抱きしめながらテレビを見ていると、ふとその考えが頭をよぎった。



「すぅ、すぅ……」



センパイは疲れたのか、俺に抱きしめられたまますやすやと寝息を立てている。


無理もないはずだ。早朝から起きて俺のために料理をしてくれて、平日の疲れもけっこう溜まっているはずだから。


でも、眠る場所は悪いなと思わざるを得なかった。


よりによって、俺の膝の上に座ったまま、俺にもたれかかりながら眠るなんて。


この人には本当に、警戒心というものがないんだろうか。



「センパイ?」

「………すぅ、すぅ」

「………センパイ」



これは無防備がすぎる。距離感も、バグってる。


これは告白した男と、告白の返事を保留にしている女が取るべき距離じゃない。


いつの間にか、キスをするのが当たり前になった。ハグの気持ちよさが体に染みこんでくるようになった。


センパイとエッチする頻度も、こうやって日常的にスキンシップをする頻度も多くなった。


俺は、生唾を飲み込んでセンパイの頬に手を添える。



「……起きなかったら、襲いますよ。起きてください」



狂っていく。


線がなくなっていく気がした。いや、この人が線をなくしている。


俺が絶対に越えてはいけない、告白の返事をもらっていない男として守るべき線を、この人が勝手に白く塗りたくっている。


どうすればいいか分からなかった。センパイといると、いつもどうすればいいか分からなくなる。


責めすぎちゃって、センパイに引かれて嫌われるくらいなら死んだ方がいい。


でも、今さら身を引いて距離を取るなんてできそうにない。


無理やり押さえつけるには、俺の好きはやや大きくなり過ぎた。



「…………んん………すぅ……」

「…………………」



センパイの息遣いが一瞬止まったような気がした。


でも、その後にすぐ流れるような寝息が聞こえて、俺は益々もどかしくなる。だから、俺はキスをした。


エッチは、さっきまでさんざんしていたのに。


3日間できなかったキスをたくさん届け合って、そうすれば自然とエッチな空気になって、俺たちはヤった。


唇がふやけるくらいにキスをしたんだから、物足りないわけではない。でも、俺たちはもうキスに理由をつける必要がなかった。


俺たちは、いつの間にかそういう関係になった。



「ちゅっ………」



センパイの唇は柔らかくて、唇が離れる時に生々しい音が聞こえてくる。


絶対に起きているはずなのに、センパイは目を開かない。もはや、寝息を立てるふりもしていない。


このまま、ずっと俺になにもかもを委ねるつもりなんだなと感じ取った。


こういう些細な行動が、一々俺を狂わせる。


どこまでが適切な距離で、どこまでが負担にならない好きなのかが分からない。


それでも、俺はセンパイを押し倒して唇を重ねる。


センパイは、目をつぶっているくせに懸命に唇は動かしてくる。


……センパイが普段から俺に生意気とか、大嫌いとか言う理由が分かるような気がした。


やっぱり、こういう状況は面白くない。



「好きですよ」

「………………」

「好きです、センパイ」



瞼が一瞬だけびくっとして、表情が少しずつ歪んでいく。どう見ても眠っている人の顔じゃない。


それでも、俺はセンパイを抱きしめて、耳元で想いを伝え続ける。


センパイがこの行動を嫌わないということを、俺はさっきのエッチで悟るようになった。


もう、ダメかもしれないなと思う。


このままじゃ一生、センパイに縛られそうだ。本当に永遠を誓ってしまいそうだった。


それが嫌じゃないと感じてしまう辺り、俺も大概だなと思ってしまった。

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