76話  私のコウハイ君への誕生日プレゼント

誕生日は特別でなければならない。


そういう概念を持ったことなんて、今まで一度もなかった。それも、自分の誕生日じゃなくて他人の誕生日をそんな風に思うようになるなんて。



「面白いですね、この映画」

「……だね」



だからこそ、私は知らなかった。


どうやって特別な雰囲気を演出すればいいのか。どうやって、相手に特別だって感じられるようにするのか。


コウハイ君ほど距離が近い関係なんて、私の人生には明梨あかりしかいなかった。


その明梨とも長い時間を一緒にいたわけじゃないから、コウハイ君は私の一番ってことになる。


もっとも長く一緒にいた人。もっとも大切な人。もっとも………好きな人。


人生でその枠が埋まったこと自体がなかったから、何も分からない。



「センパイ」

「なに?」

「これ、見づらいんですけど」

「………我慢して。好きな人にされる膝枕なんでしょ?」

「好きな人が無理強いした膝枕でもありますけどね」



だから、とにかく膝枕をしてあげた。


コウハイ君の頭を無理やり太ももの辺りに乗せて、頭を撫でながら映画を見た。


コウハイ君の髪の毛はサラサラではないけど、触感がよくてかなり気に入っている。


いかにもいたたまれない顔をされているから、たぶんこれは正解ではないだろうなということは、なんとなく気づいた。


でも、私は今まで正解を探すどころか、この類の質問をされたこともないのだ。


大切な人をどうやって喜ばせるか。


その質問は、あまりにも程遠いものだったから。



「……コウハイ君」

「はい」

「コウハイ君は何をされたら喜ぶの?」



唐突な質問に、コウハイ君は横向きから姿勢を変えて私を真っすぐ見上げてくる。


互いの視線が5秒ほど行き交って、コウハイ君はサイドテールにあるリモコンで一時停止ボタンを押した。



「今だって、十分喜んでますよ?」

「違う……違うって分かってるよね?もっと劇的な何かが欲しいのよ、私は」

「………………ふふっ」



だいぶ返事に間を置いたコウハイ君は、何故かぷふっと笑いながら私の頬に手を添えて来た。


ああ、生意気モードだ、と私は直感する。



「センパイ」

「……なに?」

「俺にはセンパイの存在こそが、けっこう劇的な何かです」

「……………」

「だから、変に身構えなくてもいいですよ。傍にいてくれるだけでもけっこう、幸せですから」



……この男は、本当に何もかもが薄いなと感じてしまう。


物欲もないし、身震いするほどの刺激に溺れようともしない。淡々と流れる時間に意味を見出して、それを勝手に幸せだと感じて、私を染めて。


やっぱり、コウハイ君も一般的な人ではないなと、自然とそう思ってしまう。


だから、コウハイ君のことが好きになったんだけど……私は、納得できない。



「ちょっと待ってね」

「……?」



私はコウハイ君の頭をゆっくり離した後、自分の部屋に戻って紙袋を手に取る。


そのままリビングまで持ってくると、コウハイ君の目が大きく見開かれた。



「えっ、それって……」

「誕生日プレゼント」



紙袋をそのまま渡すと、コウハイ君は呆然としながらも受け取ってくれた。



「中にあるもの、開いてみて」

「……はい」



……粋なものを選んだ、という自信はなかった。


定番で、面白味はなくて、コウハイ君が必ず欲しがるとも確信できない中途半端なプレゼントだった。


今の私の不器用さを表す、気持ちだけが込められている不器用なプレゼント。コウハイ君が要らないと言った、プレゼント。


それでも、私はどうしてもプレゼントを渡したかった。


コウハイ君には、いつも何もかももらってばかりだから。



「これって……キーケースですよね?」

「うん」



私はやや緊張しながら、言葉を続ける。



「コウハイ君のキーケース、けっこう古いやつでしょ?革もところどころに剝かれているし、汚れているところもあるし。だから……必要なんじゃないかって」

「…………」



コウハイ君は心底驚いた顔で、私とキーケースを何度も交互に見る。全く予想していなかった、と物語るような顔だった。


手を背中に組んでもじもじしていると、コウハイ君は笑顔を咲かせながら言う。



「……あはっ、やられましたね」

「……なにが?」

「こんなに嬉しくなるとは、思いませんでした」



キーケースを片手で何度も握った後に、コウハイ君は立ち上がる。



「ごめんなさい、センパイ。プレゼント選ぶの、けっこう大変だったですよね?」

「……よく分かってるじゃん。コウハイ君がなにも言ってくれないから、ハードル高かったから」

「本当に必要ないと思ってたんです。本当に……そこまで拘ってなかったんですから」



でも、気持ちが込められているプレゼントはやっぱ嬉しいですねと。


コウハイ君は言葉を付け加えながら、私をそのまま抱きしめてくる。


コウハイ君の嬉しさがちゃんと伝わってくる温もりだった。失敗はしてないかと、安心できるような熱だった。


でも、同時に私の緊張と安堵がそのまま伝わるんじゃないかと思えるくらいに、近い距離だった。



「次の誕生日は、ちゃんと何が欲しいのか言って」

「次の誕生日も、一緒にいてくれますか?」

「一緒にいるんじゃないかな。約束は生きてるから」



そして、少しだけ体を離して私を見てくるコウハイ君に。


私は問答無用に、両手に手を添えてから言う。



「……センパイ?」

「それで?」

「はい?」

「もう、キスしてもいいんじゃない?」



虚を突かれたと言わんばかりの表情で、コウハイ君がもう一度目を丸くする。


私は、ぷふっと笑いながら好きな人に顔を近づける。


3日ぶりのキスだった。3日間、ずっと意識してきたキスだった。


私はゆっくりとコウハイ君の唇に、自分の唇を重ねる。相変わらず暖かくて、相変わらず私が欲しいものを届けてくる。


私は、とにかくコウハイ君と繋がりたかった。


私は、もしかしたらそのためにプレゼントを選んだのかもしれない。

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