74話  コウハイ君が誕プレを思い付いてくれない

コウハイ君が意地悪をしていると思う。もちろん、コウハイ君の返事にもある程度予想はついていた。


物欲がなくてバカなほど律儀だから、堂々とプレゼントを要求したりはしないだろうな、とは思っていたから。


でも、あまりにも面白くない。せっかくの誕生日が色褪せるようで、気に食わない。もっと特別感があってもいいはずだ。


……なにせ、好きな人の誕生日だから。



「………」



仕事が終わって電車に揺られている最中、私はスマホで「男 誕生日 プレゼント」と検索してみる。


そうしたら、最上段に上がるのはキーケースや財布、腕時計、お酒みたいな定番物だった。


確かに、この類のものなら失敗がなくていいかもしれない、とは感じた。


相手があのコウハイ君でさえなければ、私も間違いなくこれを選んでたと思う。



「いや……そんなはずないか」



でも、コウハイ君以外の男にプレゼントをあげる私の姿が上手く想像できなくて、私は即座に首を振った。


やはり、コウハイ君は意地悪だ。めんどくさい男と言い換えてもいい。


物欲があまりないコウハイ君が物をプレゼントされて、心底喜ぶとは思えない。


喜んではくれると思う。でも、それが心から引き出される喜びかというと、違う気がする。


結局、精神的な何かを与えなければならないという結論が出るんだけど……。


私があげられる喜びには、限度がある。



「……………」



好き、という言葉を届けたら喜んでくれるのだろうか。


でも、コウハイ君は私が告白に返事をする必要がないと言っていた。私はその言葉が嘘だとは思えない。


第一、私がまだその言葉を口にしたくなかった。なにせ、私は。


コウハイ君が10年よりもっと長い時間を約束してくれる時に、その言葉を送りたいから。



「……………本当に、こんな女のどこが好きなのかな」



考えにふけていると、いつの間にか家に着いていた。


私は、部屋着に着替えてから開けっぱなしになっているコウハイ君の部屋に入って、ベッドに座ってみる。


次第に横になって、コウハイ君の匂いが滲んでいる枕に頭を預けて、コウハイ君が毎晩のように見ているはずの天井を見上げた。


早く誕生日プレゼントを思い付いて欲しいと、心から願っていた。


私は、コウハイ君が欲しがるプレゼントをピンポイントで当てるほど気が回る女でもないし。


男にプレゼントしたこともない、ちょっとひねくれた女だから。



「ただいまです……って、あれ?」



目をつぶって静かにしていると、玄関からコウハイ君の間抜けた声が響く。


それが可愛くてぷふっ、と噴き出していると、間もなくして呆れた顔をしたコウハイ君が表れた。


私はベッドで横たわったまま、コウハイ君を見上げる。



「おかえり」

「ただいまです」

「前々から思ってたけど、コウハイ君のベッドいいよね」

「まあ、マットレスにはけっこうお金使ってるんで」

「誕生日プレゼントにマットレスはダメってことか……で、思いついた?誕生日プレゼント」

「いえ、特に何も」

「じゃ、今日もキスはなしだね」



……バカ、早く思いついてよ、と罵りたくなる。


自分がかけた制約に自分が縛られるなんて、あまりいい気持ちじゃない。


本当に、一瞬でも早く返事をもらって、清々しい気分でキスがしたかった。



「ふうん、エッチはオッケーなんですか?」

「キスがダメなのにエッチができるわけないじゃん」

「俺たち、最初に出会った時はエッチから始めてましたよね?」

「私、不健全な関係はよくないと思うな」

「センパイがそれ言うと違和感が半端ないですね……」



苦笑しながら、コウハイ君は本当に当たり前のようにワイシャツを脱ぎ始める。


えっ、と声が出そうになるのを堪えていると、コウハイ君はしれっとした顔でスラックスまで脱いで、吊りハンガーで固定した。


……羞恥心と言うものがないのかな、と私は目を細める。



「……ヘンタイ」

「……もう何度も見てるじゃないですか」

「知らない、ヘンタイ」

「今日の夕飯は何にします?」

「誕プレを思い出さなかったら、夕飯もなしにするのはどうかな」

「………ぷふっ」



仕方ないと言わんばかりに笑った後、コウハイ君は部屋着に着替えてから、ベッドに腰かけて私を見てくる。


互いの視線が混ざり合って、沈黙が漂って、互いの色に少しずつ染まっていく。


私は、コウハイ君の腰に両手を巻く。コウハイ君は抵抗せずに、されるがままになる。



「……一日中エッチはさすがにきついですかね」

「やだ、私は死にたくない」

「堂々と変な言葉を言いますね、センパイ」

「気持ちいいから……それほど」



そのまま、コウハイ君の太ももに顔を埋めてふう、と深い息を零す。


ちゃんとコウハイ君だなと実感した時には、頭を撫でられた。


年下の子にやるようなスキンシップにムッとなるけど、心地よさが不満を沈める。



「俺の誕プレ、センパイでいい気がします」

「私は全くいい気がしないな」

「なんでそこまで俺の誕プレに執着するんですか」

「コウハイ君には、もらってばっかだから」



私は、上半身を起こしてそのままコウハイ君の頬にキスをする。


柔らかい分、もどかしさが募っていく。私は我慢強い人間じゃないから、益々コウハイ君のことが恨めしくなる。


この恨めしさも幸せの欠片だってことを、私は知っている。


その欠片は、コウハイ君が私にくれたものだ。



「俺こそ、センパイにもらってばっかだと思いますけど」

「……じゃ、もう一度もらってよ」



相変わらず、私の中で自分がどんな存在なのか、全く気付いてないっぽいコウハイ君に。


私はもう一度、おでこキスで私の不満を表した。

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