誕生日

73話  俺の誕生日プレゼントを要求してくるセンパイ

そういえば俺もそろそろ誕生日か、とふと思った。


同じ部署の人が誕生日だから、簡単にお祝いをしてあげたのだ。そこで、俺も自分の誕生日をちゃんと自覚するようになった。


4月の中旬が俺の誕生日だから、本当にもうそろそろだ。そして、俺の頭の中にはある悩みが浮かび上がった。


これをセンパイに言うべきか、黙っておくべきかが、よく分からないのだ。



「おかえり」

「ただいまです」



そして、その悩みは退社した後に家に着いてからも、ずっと続いていた。


センパイ本人が言った通り、俺はセンパイに嫌われてはいないと思う。どちらかというと、かなり好かれていると思う。


だから、もうすぐ誕生日ですとか言った方が正しいのもしれない。


でも、それを言うのって、わざわざなにかをしてくださいと仄めかすようなことだから……正直、あまり気が乗らなかった。


だから、一応は黙っておくことにした。センパイに変な負担をかけたくないから。



「コウハイ君、もうすぐ誕生日だよね」



でも、まさかセンパイからこの話題が出てくるとは思わなかった。


一緒に料理して、一緒に夕飯を食べて、お互い向き合ったまま開かれたデザートタイムで。


センパイはバウムクーヘンをフォークでいじりながら、意味深な顔で俺を見つめていた。



「どうやって分かったんですか?俺、センパイに教えたことなんて……」

「メッセージアプリのホーム画面。あれ、プロフィールに誕生日出るから」

「……俺のプロフィール見たんですか?」

「そりゃ見るでしょ。やることないなら」



でも、公開設定してたのか……特に気にしなかったからこそ、不意打ちを食らってしまった。


そして、戸惑うような俺の反応を見て、センパイは明らかに面白がる表情になる。



「それで?」

「………なにがですか?」

「誕生日プレゼントは、なにが欲しいの?」

「……こういうのって、もっとサプライズ感あるもんじゃないでしたっけ」

「私、ドッキリとかあまり似合わないタイプだし、誰かの誕生日祝ったこともあまりないから……ごめんね?」

「ああ、いや。別に咎めるつもりはないんですよ、本当に」



ていうか、好きな人にここまで気にかけてもらえるのが、純粋に嬉しい。


センパイは酷い人間じゃないけど、だからといって周りの人たちを一々気にするタイプでもないから。



「……誕生日プレゼントですか」

「うん。なんでも言って」

「けっこうヤバいこと言いますね、センパイ」

「だって、なんでもしてあげるつもりだし」



……センパイは、ヤバさの上に更なるヤバさを付け加える。


真顔でそんなことを言われたんだから、なおさら質が悪いと思った。



「……なら、センパイがいいです」

「えっ?」

「俺の誕生日、たぶん土曜日なので。センパイと一日中……一緒にいたいです」

「……………………」

「……なんでそこで黙るんですか?」

「……一日中、一緒にいるじゃん。休日には」



少しだけ赤くなった顔で、センパイが言う。その初々しい反応が嬉しくて、ついくすっと笑ってしまう。


でも、確かにセンパイの言う通りだと思った。


インドア派の俺たちは、休日になると一日中家でダラダラするのが日課だった。


誕生日プレゼントという割には、かなりありきたりで特別感がないものかもしれない。


それでも、俺はもう一度答えを重ねる。



「本当にそれだけでいいんですよ。センパイと一緒にいるだけで」

「……………………」

「別に、特別なプレゼントをもらえなくても……十分幸せですから」



幸せですから、という言葉を口に出したのは今回が初めてだった。


前までは抵抗感があったその言葉は、驚くほど滑らかに口から出ていた。


センパイは少しだけ驚いてから、すぐに不機嫌な顔になる。



「誕生日は特別な日なの。他の物を要求しなさい」

「あはっ、センパイの口からそんな言葉が出るなんて、さすがにちょっと驚きですね」

「……なんで?」

「センパイって、記念日なんかもあまり気にしないタイプだと思ってましたから」

「そうね。前まではそうだったかも」



含みのある言い方をしながら、センパイは頬杖をついて俺をジッと見つめてくる。


その静かな眼差しが、俺に教えてくれる。次に何を質問すればいいのかを。



「……じゃ、今は?」

「………」

「今はどうですか?今のセンパイはちゃんと、記念日とかを気にしてますか?」

「………」



センパイはしばらく何も言わなかった。複雑な顔をしたまま、俺を見据えるだけだった。


でも、その綺麗な顔は徐々に赤みを増していく。耳たぶが瞳の色と同じ真っ赤になった瞬間、センパイは急に立ち上がって俺に近づいてくる。


目を丸くしている途中で、センパイが俺のすぐ傍に立つ。



「……生意気」

「……気にしてるってことでいいですよね?」

「気にしてない。気にしてないから」

「じゃ、やっぱり誕生日プレゼントはなかったことにしてください」

「それはダメ」



そして、センパイは俺の頬に両手を添えてくる。これはキスだな、と俺は直感的に察する。


互いの息遣いが届くほどの距離で、センパイは俺を睨んできた。



「早く、なにをもらいたいのか言って。じゃないとお仕置きだから」

「……この状況がもう、ご褒美でしかないんですけど」

「ふうん~?そんなこと言うんだ、このままキスしてあげられないかもしれないよ?」

「それだけは勘弁してください、マジで」

「じゃ、早く何が欲しいのか言って」



センパイは茶目っ気たっぷりな顔をしていて、胸がどんどん高まって行くのが感じられた。


………………でも、困ったな。センパイに欲しいものなんて、本当に何もないのに。


だって、プレゼントなんかが思いつかないくらい、センパイにはたくさんのものをもらっていて。


今の俺には、センパイとの毎日がほぼプレゼントのようなものだから。



「……やっぱり、ただ一緒にいてくれるだけでいいですから―――」



プレゼントは大丈夫ですよ、と言い終えるも前に、ひたいに柔らかい感触がして口を止めた。


目を見開いてると、センパイはすぐに顔を離して、またもや俺を睨んでくる。


不機嫌、という3文字が凝縮されているような表情だった。



「お仕置き」

「………」

「プレゼントを思い付くまで、絶対にキスしてあげない」



……それはきついな、と思いながらも。


おでこのキスはキスじゃないと思ってるのかなと、ちょっとからかいたい気持ちが湧き上がって来た。

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