72話 私のコウハイ君が、私の部屋に来た理由
心臓が弾け飛ぶかと思ったから、コウハイ君の唇を塞いでいた。
本当にヤバい。好きが全く隠れてない気がする。
私の好きは、気づけば勝手に顔を上げてコウハイ君に想いを告げなさいと、私を脅迫してくる。
今まではまだ愛情より意地が勝っていた。一生傍にいてくれないと、一緒にはいられないという意地が。
「………………」
でも、目を背けたい愛情は日に日に膨らんで行って、私の過去と私の意地をすべて飲み込もうとしている。
ある程度、私も気づいてはいた。
最近、コウハイ君とするキスがやけに長いことも。
エッチする時に体をくっつけなさいと命令することも。コウハイ君に何かをしてあげたいと欲求が膨らんでいくことも。
私はすべて気づいていて、そのすべての感情に知らんぷりをするつもりだった。
でも、やっぱりダメかもしれない。
「コウハイ君」
夜、横になった私は壁に向かって、コウハイ君を呼んでみる。
コウハイ君は私の声をすぐに拾って、壁の向こうから返事をしてきた。
少しだけ、眠気が混ざっている声色だった。
『……どうしました?』
「私、眠れない」
『コーヒー飲み過ぎたんじゃないですか?』
「コーヒーのせいじゃないよ、たぶん」
君のせいだよ、コウハイ君。
君が10年も一緒にいるから、と重い言葉をくれるからだよ。
『……もう深夜の2時ですよ?明日休日だからって、夜更かしはよくないじゃないですか』
「今日の弁当、美味しかった?」
『急に話題を変えないでください……美味しかったです』
「よかった」
『……センパイ』
「なに?」
『なんで急にお弁当作り始めたんですか?』
今さらすぎる質問に、私はくすっと笑いながら答える。
「……コウハイ君のためだよ」
『………………』
「私はコウハイ君にもらってばっかで、何も返していないから」
しばらく経って次に聞こえてくるのは、コウハイ君の声じゃなく、私の部屋のドアが開く音だった。
ノックもせずに入って来たコウハイ君は、片手に枕を抱えながら私をジッと見ている。
暗闇なのに、驚くほどお互いの姿がよく見えた。
コウハイ君は眠たそうにしつつも、私に近づいてきた。
「エッチ禁止」
「そんなヘンタイじゃないですよ、俺」
「……ウソも禁止」
「本当、理不尽なんですから……」
仕方ないと言わんばかりの顔で、コウハイ君は私のベッドの横に立つ。
私は少し意地悪をしたくて、体を横向きにしてコウハイ君を眺めた。
「なに、どうしたの?」
「……見れば分かると思いますけど」
「分からないかな、言葉にしてくれないと」
「奥に詰めてください。センパイと一緒に寝たいんで」
「ぷふっ、もしかして一人では眠れない派?」
「……かもしれませんね。センパイと別れたらまあ、眠くはならないかもしれません」
そこは、全然そんなことはないですよと返して欲しかった。
でも、最近のコウハイ君はあまりにも素直すぎる。自分の感情も丸っきり声と行動に出していて、おかげで私は毎日ドキドキしっぱなしだ。
そして、今も……私はコウハイ君の言葉に、ちゃんとドキドキしている。
「……私のベッド、狭いよ?」
「何度も寝たから、分かってます」
「それでも、私と一緒に寝たいんだ」
「センパイが変なこと言うからじゃないですか」
「……変なこと?」
「……俺のために弁当作ってるとか、そんなド直球食らったら、誰でもこうなりますよ」
言いながら、コウハイ君は問答無用で私のベッドに上がってくる。
力づくで私は奥側へ押しやられて、コウハイ君は当たり前とばかりに枕を置いて、そこで横になる。
それから、私と同じく横向きになって、コウハイ君は私を見つめてきた。
「…………」
「………なにか話して」
「眠いんで、すみません」
「ふふん、じゃエッチ解禁だよ?」
「エッチより……今は」
コウハイ君は最後の言葉を濁しながら、私をぎゅっと抱きしめてくる。
私は自然と、コウハイ君の首に両手を巻き付ける。コウハイ君は私の頭と背中を抱きしめる。
正直に言って、全然楽な体勢じゃない。少なくとも、私はこの状況のままで眠ることなんてできない。
でも、コウハイ君はさっきより眠気を増した声で言う。
「……暖かいです」
「……勝手に抱きつくな」
「おやすみなさい、センパイ」
「本当、コウハイ君も理不尽になったよね」
間もなくして、頭の上から規則正しい息遣いが聞えてくる。
コウハイ君の手は大きくて、匂いはよくて、ベッドの中は暖かい。
25年以上、私が感じたことのない初めての温もりを、コウハイ君は送ってくれている。
温もりの名前は、幸せだ。
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