71話  センパイが堂々と膝枕とハグを要求してくる

「センパイ」

「うん?」

「……なんでもないです」

「今、変な間があったけど」

「気にしなくても大丈夫ですよ?たぶん」

「コウハイ君って、膝枕くらいで興奮する男なんだ」

「膝枕してあげてるの、俺なんですけど」



晩ご飯を食べた後、センパイは当たり前のように俺に膝枕を要求してきた。


もちろん、好きな人と触れ合えることが嬉しい俺は二つ返事でその提案を受け入れた。


そう、受け入れたのはいいけど。



「ふうん?どうしたのかな?コウハイ君、ちょっと顔が赤いよ?」

「……センパイのせいじゃないですか」

「あはっ」



センパイが俺の内ももに頭を乗せた瞬間、状況は変わってしまった。


恋人みたいな甘ったるい雰囲気が、一気にセクハラといたずらっぽい雰囲気に変質してしまったのだ。


おかげで、俺はおかしそうに笑っているセンパイを睨むしかなかった。



「今日は絶対にエッチしないから」

「ずっとこのままだとセンパイを襲っちゃうかもしれませんよ?」

「コウハイ君は、好きな人の意志を尊重しないクズ男なんだ」

「………………………俺が悪かったです」

「ううん~?分からないな、コウハイ君はどんな悪さをしたのかな……ふふっ」



というか、今日のセンパイはいささか機嫌が良すぎる。


朝から弁当を食べてくれたり、意地悪なメッセージも送ってくれたり、先に待ち合わせの提案をしたり、こうして膝枕を要求したりと。


その出来事を思い返していると、本当にセンパイとの距離が近くなったなと感心してしまう。



「そういえばセンパイ、一緒に住み始めた頃にはオナホ扱いしてと言ってなかったでしたっけ」

「言ってたね~~人間扱いしないで、とも言ってた」

「……今更何ですけど、俺にとってセンパイは、最初から人間でした」

「知ってる。コウハイ君はまだセフレだった頃も、いつも私のこと尊重してたしね」

「センパイも、俺を人間扱いしてくれました」



くすっと笑いながら、俺は目を細めているセンパイの頭を撫でる。


手入れされている髪の毛は柔らかくて、俺とセンパイの距離を教えてくれる。



「俺はただの物だって、口では何度も言ってたじゃないですか」

「………………」

「でも、物扱いされたことなんて一度もなかったんですから……まあ、よしとしましょうか」

「急に人の黒歴史を掘り出して気持ちいい?」

「黒歴史ですか、あれ」

「………………ちょっとくらいは」



センパイはゆっくりと手を差し伸べて、俺の頬に添えて来た。



「頭下げて」

「……嫌ですけど」

「嫌なはずないじゃん。ウソつかないの」



……本当にセンパイには適わないなと思いつつ、俺は素直に頭を下げる。


そのまま、センパイと短いキスを交わす。


セフレと言うにはロマンチックすぎて、恋人というには短すぎるキス。


でも、そんなことがどうでもいいくらいには、俺の心臓は速く鳴っている。


センパイに向けて鳴っている。センパイが、俺を動かしてくれている。



「どう?」

「何がですか?」

「好きな人とキスする感触は」

「……控えめに言って最高ですね」

「あははっ、そうなんだ」



愉快に笑いながら、センパイはもう戻りなさい、という意味を込めて俺の額を押してくる。


俺はその指示に従わず、一度不意打ちのキスをしてから姿勢を正した。


センパイは、いかにも不機嫌そうな顔で頬を膨らませていた。



「ていうか、いつまで撫でるの。私の頭」

「明日の弁当は俺が作りますね」

「答えになってないじゃん。コウハイ君?」

「楽しみにしてください。頑張りますので」

「へぇ……コウハイ君は好きな人の声を簡単に無視しちゃうんだ、そうなんだ」

「好きな人の理不尽さが移ったせいですよ、きっと」



冗談で言った言葉なのに、センパイはそれを聞くなり目を見開いて、押し黙った。


咄嗟に気まずい沈黙が漂う。もちろん俺には、センパイに皮肉るつもりなんてなかった。


でも、状況が状況だから、センパイは俺の意図とは違う方向でその言葉を受け入れたのだろう。


俺はセンパイに告白をしていて。


センパイは、まだ俺の告白に頷いてくれなかったから。



「………部屋に戻る」

「……センパイ」

「ちょっと、肩を押さないの……どうしたの?」

「告白の返事、言わなくても大丈夫ですから」

「……知ってる。前にも言ったじゃん」

「それと」



だから、俺はその歪な状況の上に、さらなるゆがみを重ねる。


俺たちには間違いなく必要な歪みだった。



「センパイは告白の返事をする必要もありませんよ。今のところは」

「……じゃ、未来には?」

「その時には、返事してくれたらと思います」



目を丸くするセンパイに、俺はくすぐったさに耐えながら言う。



「……その時には、俺がもう一度センパイに告白するつもりなんで」

「え?」

「………センパイは、恋人なんて嫌ですよね?」

「………うん」

「だから、その時には恋人じゃなくて………その」



恋人よりもっと強くて、もっと固い関係になりたいです。


喉奥までこみ上がって来たその言葉は、センパイの人差し指によって塞がれる。


俺の唇に指を当てたセンパイは、ゆっくりと上半身を起こして俺の心臓に手を置いた。


……心臓の鼓動が、すべてセンパイに伝わっていく。



「………どんだけ私のこと好きなのよ」

「………」



センパイは俺の唇から指を話した後に、額を俺の胸板にくっつけてくる。


見下ろすと、センパイの耳たぶが真っ赤になっているのが見えた。


顔は見えないのが残念だけど、センパイの香りが感じられて、さらに心臓が激しく鳴った。



「……なんで俺の言葉、止めたんですか?」

「……聞きたくなかったから」

「……俺が嫌いだからですか?」

「コウハイ君って、バカだよね」



意地悪なことを言いながら、センパイは一瞬だけ俺と視線を合わせる。


真っ白で表情が薄かったその顔には、確かな赤みが浴びられていて。


センパイは恨めしそうに俺を見上げた後に、すぐにまた額をくっつけてくる。



「ハグ」

「……勘弁してください、マジで」

「ハグ」

「…………………………」



そっか、あの顔で嫌いは無理だよなと。


俺はさっき見せてくれたセンパイの顔を思い出しながら、センパイをぎゅっと抱きしめた。

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