70話 コウハイ君に責任を取ってもらわないと困る
会社のお昼休みに弁当を食べながらも、私はコウハイ君だけを考えていた。
会社の隅にある休憩スペース。窓の外で行き交っている車たちを見下ろしながら、私はぼうっと思う。
コウハイ君は何をしているのかな、と。
また、違う女に惚れられたりはしないかな、と。
「……美味しい」
出来立てのものじゃなくても、レンジにチンするだけでも弁当は美味しかった。
照り焼きチキンと冷凍餃子に、キュウリの浅漬けとポテトサラダ。
餃子とポテトサラダ以外は全部昨日の食べ残しだから、弁当を作るのは合理的だと思う。
別に、コウハイ君に弁当を作ってあげたいからじゃない。私はそんな殊勝な女じゃない。
……ただ。
「………………」
コウハイ君が会社の人たちの前で、私が作った弁当を食べて欲しい。
それで噂が広がって、その会社の人たちがコウハイ君のことを、完全に彼女持ちだと見なして欲しい。
所詮は、これもちっぽけな独占欲だ。コウハイ君を完全に私の傍に縛るための、上っ面のいい独占欲だ。
コウハイ君は10年も約束してくれたし、その10年が破られることはないと思う。
一緒に住み初めてそろそろ半年くらい経つけど、私は本気でそう思っていた。
私とコウハイ君が、10年のうちに別れるはずがない。
だって、コウハイ君が私を失望させるようなことはしないと思うし。
私だって、コウハイ君を失望させないために頑張っていくつもりだから。
「……35かな、10年後には」
責任を取ってもらわないと困るな、という言葉が一番最初に浮かび上がる。
その時になってコウハイ君と別れたら、間違いなく私は残った時間を独身で生きることになるだろう。
悪質極まりないなと思う。わざと5年で下げてあげたのに、自分からハードルを上げるなんて。
おかげで、私が婚活できる時間はすべてコウハイ君に奪われることになったから。
でも、別にいいとも思う。
どうせ、コウハイ君以上にいい男なんて出会えないと思うから。
「………あっ」
私も本当にバカみたいに惚れてるな、と思っていたその矢先、スマホで通知が届いた。
Lineを開けてみると、コウハイ君からのメッセージが入っていた。
今なにしてますか?という、意味不明な内容だった。
『会社で働いてるに決まってるじゃん』
『にしては既読付くの早かったんですけど。お昼食べてますよね?センパイの会社はお昼休み取るの自由ですし』
『………生意気。コウハイ君こそなにしてるの?』
『ちょっと外に出てます。担当者とのミーティングがあって』
『大変じゃん。私に連絡する暇あるの?』
『向こうがけっこう遅れるらしくて、カフェで待機中です』
「…………待機中に私を探すな、バカ」
心から滲み出る温もりを感じながら、私は一日中気になったことを聞く。
『弁当、美味しかった?』
『美味しかったです』
『ウソじゃないよね?』
『ポテトサラダにマヨが足りてなかったこと以外には』
『もう二度と弁当作らない』
『いいですよ。俺が作るんで』
いやいや、そういうわけにはいかないでしょと、心の中でツッコミを入れる。
このコウハイ君は、やけに私に献身的だ。
『コウハイ君、料理教えて』
『俺もそんなに上手くないんですけど』
『私よりは上手いでしょ?』
『じゃ、一緒に作りましょうか。今日の晩ご飯』
「……………………ふふっ」
コウハイ君と一緒に料理をするのは、そこまでレアなことじゃない。だから、嬉しさもそれなりに薄まるはずなのに。
それでも、やっぱり私は嬉しい。
好きな人のために何かをやるのが、楽しい。
『了解』
既読は付かなかった。たぶん、ミーティングの相手が到着したのだろう。
にしても、返事をよこさないなんて生意気だな。私よりあの人が大事なのかな。
バカみたいなことを思いながら、私は弁当箱の蓋を閉じる。
「マートの前で待ち合わせでもしようかな」
夕方の日程がまた一つ、埋められる瞬間だった。
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