弁当
69話 ハグが心を埋めてくれる
センパイも俺のことが好きなのかもしれない。
そう思い始めたのは、二日前のホテルでセックスをした時からだった。
あの時のキスはやけに長くて、あの時のエッチはやけに熱かった。
センパイは絶対に離さないとばかりに足と腕で俺を束縛していて、俺は離れることを諦めてセンパイとずっとくっついていた。
その時になってようやく、ほのかに気づいたのかもしれない。
センパイも俺が好きだから、くっつこうとしてたんじゃないかと。
「はい、コウハイ君のお弁当」
そして、その疑いは目の前にある弁当によってさらに膨らみ始めた。
朝、なんとか眠気を抑えて部屋から出たところで、ポニーテールのセンパイがエプロンを着ていて。
幻覚でも見ているのかと首を傾げていたところで、急に弁当を差し出されたのだ。
「……なんで急にお弁当を?」
「前に話したでしょ?弁当作ってあげるって」
「えっ、あれ本気だったんですか?」
「……私を何だと思っているのかな、コウハイ君は」
「……………」
ジト目をしているセンパイと、差し出された弁当を交互に見ながら俺は思う。
これって、センパイも俺に気があるんじゃないかなって……。
「いいんですか?こんなに朝早く起きて」
「いいのよ。コウハイ君のため……じゃなくて、うん。節約したいから」
「本音が漏れてますよ、と言ったらどうなりますか?」
「今後、弁当なんか絶対に作らないかも」
「困りますね、それは」
弁当箱が入っている包みを受け取ってから、俺はとりあえず食卓の上にそれを置いておく。
振り返ると、機嫌が悪そうなセンパイの顔が見えてきた。
「ありがとうございます、センパイ」
「……そう」
「その髪型、よく似合ってますよ」
「そう」
「……なにがあったんですか?今日、やけに反応薄くないですか?」
「薄くないけど」
堂々とウソをつきながら、センパイは自然と俺に近づいてくる。
なにをされるのかと身構えていたところで、センパイの冷たい指先が俺の首筋に届く。
センパイはそのままつま先立ちになって、首筋にキスをしてきた。
跡が残るほど強く吸ったわけじゃないけど、確かにキスをして、音が出るほど吸った。
ひりひりとした感覚は残らないものの、センパイの独占欲の粉をかけられた気分になる。
「………なんでそんなにジッと見てるの?」
「いや、跡つけないんだなって思って」
「私が見境もなく、会社に行く人に跡つける女に見える?」
「何度もつけられた気がしますけど、気のせいでしょうか」
「……うん、ふふっ。気のせいだよ、気のせい」
……ああ、なんだろう、この会話。
素っ気ないけどくすぐったくて、嫌じゃなくて、まるで染みるような嬉しさを伝えてくる。
好きな人とこんなくだらない話ができるだけでも幸せで、どうしようもなくなる。
笑顔のままセンパイを見つめていると、普段あまり晒されないセンパイの綺麗な首筋が目に見えてくる。
「……コウハイ君の変態」
「まだ何もしてませんよ?」
「ウソつかないの。首筋ジッと見てるでしょ」
「……跡つけるのはキモいですかね?」
「男がするのは、うん。キモいかな」
「理不尽だな……」
苦笑を浮かべつつも、俺はセンパイの抱き寄せるようにして首筋に唇をつける。
吸わないまま、ただ短くキスだけしてそのままセンパイを抱きしめた。
センパイは当たり前のように俺のハグを受け止めて、腕まで回してくれる。
「コウハイ君、独占欲強すぎ」
「誰かさんよりはずっとマシだと思いますが」
「………今すぐこの腕解いて。私、化粧しなきゃダメだから」
「分かりました、分かりましたから。黙っておきます」
「本当、生意気なんだから……」
耳元で響くセンパイの声も、こうして温もりを伝え合える時間も大好きで、大切で、幸せの輪郭が分かるような気がする。
20年以上味わえなかった幸せが、センパイと一緒に過ごした6ヶ月間に凝縮されているような感覚だった。
キスとセックスじゃなく、手繋ぎとハグ。
こんな地味な行動がここまで穴を埋めてくれるなんて、知らなかった。
それを知れたのも全部、センパイのおかげだ。
「センパイ」
「うん」
「大好きです」
もはや日常に染まった告白の言葉を受けて。
センパイは腕を解いてから、淡く微笑みながら言う。
「知ってる」
でしょうね、と俺は言った。
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