67話  俺はセンパイのモノですよ

永遠の言葉は重すぎる。


でも、俺はその重さに耐えられるほど、センパイのことが好きだという自覚を持っていた。


今日過ごした一日がやけに特別だったからじゃない。今まで半年近く積み上げて来た日常が、センパイの笑顔が、声が。


今、悲しそうにしているセンパイの顔を見たくないと思う切実な願いが、その愛を証明してくれている。


でも、永遠の言葉は性欲に流される形で解き放たれてはいけない言葉だ。


だから、センパイの脅しを断った。だから、ホテルに入るのを拒んだ。


……なのに。



「………そう」



センパイは悲しそうな顔で俯いた後、小さく息を吐いてから俺を見上げて来た。



「帰ろうか」

「…………」



俺は正しく振る舞っている。それだけは間違いない。俺はセンパイが求める真面目さを、ちゃんと備えていると思う。


なのに、センパイは浮かない顔で振り返って、俺を置いて先に歩き始めていた。


その後ろ姿はいつになく小さく見えて、センパイが失望したという事実がありありと伝わってくる。



「センパイ」

「………」

「センパイ!!」



呼んでもセンパイは振り返らないし、その寂しい足取りが止まることもなかった。


俺は、唇を噛んでほぼ走るようにしてから、センパイの前に回り込んだ。



「なに?」

「……センパイ」

「そんな顔しないで。コウハイ君はよくやってるよ」



その言葉を聞いて、センパイもちゃんと気づいているんだと実感する。


俺が正しくて、センパイが間違っている事実を、ちゃんと。


でも、頭と心が真逆な方向を向いているからこそ、こんな状況になるのだ。



「……俺のよくやっているの基準は、センパイの顔です」

「……」

「今のセンパイの表情を見てると、自分が上手くやっているとはとても思いませんけど」

「どんな表情してるの?私」

「一人ぼっちの表情をしてます」

「……あはっ」



センパイはその時になってようやくくすっと笑って、俺の頬に手を添えてきた。



「コウハイ君」

「……はい」

「知ってるよね?こんな反応をする私がおかしいだけで、コウハイ君はちゃんと正しいんだよ。正しいから、そんな苦しそうな顔しなくてもいいよ」

「……苦しそうな顔してたんですか、俺」

「今も絶賛してるから。気づいてないの?」

「……ですね。気づいてなかったです」

「……本当に私のことが好きなんだ」



当たり前な事実をもう一度確認されて、心臓がドクンと早く鳴り出す。


次第に顔に熱が上がって、口が全く動かなくなる。


その反応を静かに眺めるセンパイは本当に、綺麗だった。



「こんな女のどこが好きなのかな、コウハイ君は」

「……こんな女じゃありません」

「なんでそこでちょっと怒ってるの?」

「そこで怒らない方がおかしいと思いますけど」

「ううん、コウハイ君はおかしいよ。私の見た目と体だけが好きならそっか、と納得できるけど、私のこんな理不尽なところまでちゃんと愛してくれてるもんね」

「………………」

「本当に、よく分かんないよ」



センパイは頬に添えていた手を離して、苦笑に近い笑みを浮かべて見せる。



「自分がここまで愛される資格のある人間だとは思わないのに、コウハイ君は私を愛してくれていて。コウハイ君は間違いなく正しくて真面目な行動をしているのに、私はそれが気に食わなくて、勝手に拗ねちゃって」

「………」

「面倒だよね。本当にめんどくさい。ごちゃごちゃになりすぎてて、どうすればいいか分からないよ」

「センパイ」

「……うん、なに?」

「俺は、センパイのモノですよ」



必死に平静を装いながら、俺は言葉を続ける。



「センパイと一緒に住む限り、センパイと一緒にいる限り、俺はセンパイのモノですから」

「……とんでもないこと言わないで」

「………とんでもないことでしょうか」

「うん、とんでもないことだよ。なにしれっとそんなこと言うの?本当に……」



センパイはやがて目を背けて、音が聞こえるほど大きく呼吸を重ねてから―――



「……大嫌い」



やや赤くなった顔で、感情が丸出しになっているその言葉を、俺に投げてくる。


少しは機嫌が取れたかと思って、俺は笑いながら再びポケットの中に両手を突っ込む。



「そんなに私とエッチしたい?」

「好きな人とエッチしたくない男なんていませんよ?」

「……少しは隠しなさいよ、その好きを」

「頑張ってみます」

「本当、生意気」



センパイは仕方ないと言わんばかりの顔で、俺を見つめ続ける。


お互い無言のまま10秒くらい経ったところで、センパイが言った。



「コウハイ君は私のモノだよね?」

「はい、そうですね」

「言質取ったよ?もう引き返せないからね?」

「はい」

「……バカみたい」



言い捨ててから、センパイは当たり前のようにポケットの中にいる俺の手を握って、外に取り出す。



「行こう」

「はい」



その行こう、という言葉を聞いて俺は実感する。


たぶん、俺がセンパイ以上に好きになれる異性なんて、絶対に表れないだろうなという予感を、俺ははっきりと自覚する。


手袋もつけていないから、素肌の体温がよく伝わってきた。


センパイの左手は、暖かかった。

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