66話  コウハイ君が永遠を言ってくれない

一時間くらい公園でお話をして、私たちは昼ご飯のために近所のパスタ屋に寄った。


パスタを頼んで、ピザをお互いに譲り合いながら食べ終えて。


その後には、近くのゲーセンでクレーンゲームをして、カフェで期間限定メニューのサクラ抹茶フラペチーノを飲んで。


そうしたらいつの間に外が暗くなって、夢のような一日の終わりが告げられる。



「夕飯はどうする?食べてく?」

「いや、持ち帰りでいいんじゃないでしょうか。今から行って料理するのも大変ですし」

「だね、今日は割といっぱい遊んだからね」



すべてが初めての経験だった。


男の人と二人きりでお花見するのも、ゲーセンに行ったのも、カフェでニヤニヤしながら話をしたのも、すべてが初めてだった。


私はその初めてがコウハイ君でよかったと、心底思っていて。


コウハイ君もまた、もはや堂々と愛おしさを目に湛えて、私に笑いかけてくる。



「ご飯は最寄り駅についてから買いましょうか」

「だね。ああ~~こういう時は車あったら便利なのに」

「そういえば、センパイって免許持ってますか?」

「ううん、持ってないけど。コウハイ君は?」

「一応、持ってはいますね。最後に運転したのは3年前くらいですけど」

「あはっ、なにそれ」



しかし、車か。私たち二人ともインドア派だから、買ったところであんま使わなそうだな。


それでも、一度は想像してしまう。コウハイ君が運転している車に私が乗っていて、二人でどこか遠いところに旅行に行ったりする場面を。


私は、まるで初恋をする中学生みたいな気持ちで、夢見てしまう。


………初恋なのは、本当だけど。



「……中古で買うのも、悪くないかもしれませんね」

「え?」

「新品だと、さすがに貯蓄がなくなっちゃうので」



くすっと苦笑を零しているコウハイ君は、いつも以上に浮かれているような気がした。


私はそれがよくない兆しだと思いつつも、聞いてみる。



「買ったところで、あまり行くとこないかもしれないよ?」

「一人だったら、確かにそうかもしれませんね」

「……二人だったら?」

「……………………」



間を置いて投げた質問に、コウハイ君は歩みを止めて、何も言わずにじっと私を見据えてくる。


街角の街路灯の下で、私たちはゆっくりとお互いを見つめ合う。


私はコウハイ君の言葉を知っていて、コウハイ君も私が知っているという事実を知っている。


コウハイ君は、もう隠すつもりがない。驚くほど強く自分の気持ちを表していて、私は今までそれを受け取ってしまっている。


私は、ここでブレーキをかけなければならない。


幸せだからこそ、なおさらだ。幸せが増えれば増えるほど、それを失った時の痛みもどんどん増していくから。



「……………」

「……………」



母は私を捨てて、父は私を犯そうとして、親友は私を置いて自殺してしまった。


コウハイ君は明梨あかりだ。私が嫌でも、もう認めるしかない。


私の中で、コウハイ君は既に明梨ほど大切な存在になっている。


そんなコウハイ君を失ったら私は、今度こそ狂っちゃうかもしれない。


今でも十分ひねくれた女だけど、コウハイ君さえ私の傍からいなくなったら、私の頭はおかしくなるかもしれない。


適切な距離感ほど心地いいものはないと思ってきた。


私はコウハイ君と、ずっと適切な距離を保ちたかった。同棲する以前も、同棲する後からもずっと、それだけを願ってきた。


でも、コウハイ君はもう私と距離を縮める気しかなくて。


私の中にもまた、コウハイ君と距離を縮めたいと切実に願っている私がいる。


その私を構成する感情は、愛だ。



「……帰りたくないって言ったら、どうなりますか?」



肩をすくめながら軽々しく投げられたその質問に、私は俯きながら答える。



「……ダメ、今日は帰らなきゃ」

「…………センパイ」

「やだ、話さないで」

「正直に言うと、帰りたくないです」

「……話さないでって言ったじゃん」

「ごめんなさい」



コウハイ君は少し苦い顔で、アウターのポケットに両手を入れたまま私を見据えていた。


今回も、選択権は私にある。


いや、生意気なコウハイ君が選択権を丸投げしてきた、と言った方が正しいんだけど。


私は何も言わず、さっきまで歩いていた道筋を思い返す。その中には確かにホテルがあった。


コウハイ君は、そのホテルに行きたいんだろう。


そして私は、そのホテルに行ってはいけないと思っている。



「……………………」

「……………………」

「……コウハイ君」

「……はい、センパイ」

「永遠に私と一緒にいると誓って」

「そんな不真面目なことは、言えません」

「言わなかったら、今日は帰る」

「………………」



思ってた以上にきっぱりと断れたから、少しムッとしてしまう。


でも、コウハイ君が正しくて私がおかしいのだ。


ひと時の性欲と、すぐに散ってしまう素敵な一日の仕上げのために、私は永遠という言葉を押し付けたんだから。


夕方の風が私たちの頬を撫でる。


もう、否定しようがない。私はコウハイ君が、ずっと傍にいて欲しいと思っている。



「……俺は」



そして、コウハイ君は。



「……言えません」



反吐が出るほどの優しさと真面目さで、私の願いをモノクロに染めた。

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