65話  お花見と恋人つなぎ

花の美しさ、という概念を噛みしめたことはなかった。


そういった美しさは、俺とはあまりにもかけ離れたもののように感じられたからだ。


幼い頃には分からなかったけど、今は受け入れられる。俺はずっと、俺の毒親たちに塗りつぶされてきた。


幼い頃の不幸が端から俺を真っ黒に染めていて、そのまま俺の世界はモノクロになった。


でも、今は違う。


センパイと見る桜色の風景は間違いなく、綺麗だった。



「わぁ………すごいですね」



ポツンと呟くと、隣にいるセンパイも頷きながら言う。



「だね……本当に、綺麗」



青い絵の具を塗ったかのような空の下で、風に乗ってひらひらと舞い散る桜の花びら。


その木を囲みながら、和気あいあいに話している家族連れの人たち。


子供たちの元気な声と、親御さんたちの微笑ましい表情。


平和と幸せの文字を圧縮したかのような景色に、俺たちはしばらく立ち竦んでいた。



「弁当……持ってきてなくてよかったかも。さすがにこれだと、ね」

「そうですね。シートを敷く場所もなさそうですし……あ、あそこのベンチにでも座りましょうか」

「うん」



ちょうど空いているベンチを発見して、俺たちは速足でそこに向かった。


無事に腰かけたら、入り口で見えた景色がより鮮明に映る。


なるほど、なんでみんなお花見をするのか納得できるような光景だった。



「ふふっ」

「センパイ?」

「ううん。なんか、不思議だなって」

「なにがですか?」

「私がこんなところに来てるのがね」



デニムジャケットに白いブラウス、ベージュ色のスカートを身につけているセンパイは。


私を見つめながら、心底嬉しそうに笑って見せた。



「そっか、世の中ってこんなとこだったんだ」

「……また急に変な発言を」

「生意気だな~コウハイ君も少しはそう思ってるんじゃない?」

「まあ、分からなくはないですね」



俺もセンパイも、どこか欠陥があったから。綺麗なものを綺麗だと感じられなかったから。


それほど……お互い、毒親にさんざん苦労されてきたんだから、センパイの感想もなんとなく理解できる気がする。


やっぱり、センパイのおかげだなと思った。


センパイがいてくれなかったら、こんな新鮮な感覚に浸ることもなかったはずだから。



「………」

「……さっきからなんでジロジロ見てるの?」

「……まあ、なんとなく」

「服は、ほら。ちゃんとコウハイ君の要望に合わせたんだけど?」



センパイは意地悪な言葉を口にしながら、しれっと笑ってみせる。


………確かに露出低めで、服も割と普通な組み合わせで、周囲から目立つようなものじゃないけど。


でも、センパイ特有の雰囲気のせいか、周りの男子たちの視線がセンパイに集められているような気がした。


俺の過剰反応なのかは分からないけど、とにかく気に食わない。



「……独占欲強すぎ」

「……俺、なにも言ってないんですが」

「目が言ってる。気に食わないって」

「勝手に人の心を読まないでください……そもそも、気づいてるんですか?周りの視線」

「うん。昔から割と注目されがちだったからね、私」



平然とそんな話をしながら、センパイは前に視線を戻す。


確かに、センパイの見た目なら説得力がなくもない。きっと、モデルのスカウトとかもたくさん受けてたんだろうな。


……スカウトを受けているセンパイの姿を思い出すと、やっぱり少し胃が痛くなった。


まさか、自分がこんなわがままな人間だなんて思いもしなかった。


ため息をつきそうになるのを堪えながら、俺もセンパイに倣って視線を前へ向ける。


すると、次の瞬間。



「……………」

「……………」



センパイの手が、俺の手の上に重なって。


そこにとどまらずに、センパイは自分の指を俺の指の間に絡ませてきた。


俺の右手の上に左手を乗せて、指まで絡ませた恋人つなぎ。


それをされた瞬間、俺の心臓は痛いくらいに跳ねて、俺は慌ててセンパイを見つめた。


すると、感情が薄いセンパイの横顔が見える。



「……………」

「……………」



もし、むやみになんで手を繋いだのかと聞いてしまったら、手が離れてしまいそうだった。


だから、俺は何も言わずに掌を返して、センパイと握り合う形で手を繋ぐ。


指までちゃんと絡み合わせて、互いの手汗が感じられるほど強く握りながら、かたくなに前だけを見つめる。


まだ小学生にもなってない子供たちが、無邪気にボールで遊んでいる風景を目に収める。


それと同時に、過去一に心臓が痛くてもどかしいこの瞬間も、ちゃんと心のうちに焼き付けた。


もう耐えられなくなって、視線を横に向けると。



「…………本当に、独占欲強すぎ」

「…………」



化粧でも隠し切れないくらい、顔を上気させているセンパイがいて。


そこで俺はもっと耐えられなくなって、そっぽを向いてから大きく深呼吸をする。


また視線を戻すと、目を細めているセンパイの表情が見えた。



「………センパイ」

「………なによ」

「いや、その………」



……なにを言えばいいか分からない。こんな状況になったこともないし、こんなにも鼓動で心臓が痛くなったのも初めてだから。


センパイと繋がっている手にもっと力を込めながら、俺は言う。



「……その」

「…………」

「ありがとう……ございます」

「………………なにが?」

「いや、サービスですよね?昨日言った……そんな類の」



センパイはその言葉を聞くなり、一度目を丸くして。


次には明らかに不機嫌になった顔で、そっぽを向いてしまった。



「えっ?センパイ?」

「………知らない」

「………」

「信じられない………もう」



……なにが信じられないんだろう。


最近のセンパイは本当に訳が分からないなと思いつつ、俺は俯いてくすっと笑ってしまった。


センパイも、別に俺の手を離したりはしなかった。




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お読みいただきありがとうございます!


突然ですが最近、一身上の都合によって前ほど小説に時間を割くことができなくなりました。


従って、これからは1日2話じゃなく1日に1話ずつ、20:15分にアップロードすることにいたします。


拙い小説をここまでお読みいただき、誠にありがとうございます!


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