64話  コウハイ君が私を独占しようとする

お花見だと、ワンピースがいいのかな。


お花見の日程を翌日に控えている夜、私は部屋にあるクローゼットの中を見つめていた。


デートする前の夜に服選びに悩むなんて、完全に乙女じゃん。


そんな心の声を無視して、私は目を細めながらゆっくりと、一着ずつ確かめていく。


普通のシャツにジーンズか、もしくはアウターにスカートを組み合わせるか。


カーディガンも悪くないけど、ちょっとおばさんみたいに見えるかもしれないし。


……そういえば、コウハイ君の好みはなんだっけ?コウハイ君の好きなコーデは―――



「センパイ?」



そうやって思考がぐるぐる回っていた時。


私の目を覚ますかのように、ノックの音と共にコウハイ君の声が聞えて来た。



「開けてもいいですか?ちょっと相談したいことがあって」

「………」



私はゆっくりとクローゼットを閉めて、平然とした顔でドアを開く。



「うん、相談したいことってなに?」

「ちょっと、中に入れてもらってもいいですか?」

「……いいよ」



……大丈夫だよね?散らかってないよね?服はまだ試着していないから、大丈夫だとは思うけど。


私の悶々とした気持ちを知ってか知らずか、コウハイ君は淡く微笑んでから中に入って来た。


そして、真っすぐベッドに座ってから私を見上げてくる。



「明日の分のお弁当、作りましょうか?」

「……お弁当、ね」

「はい。俺たちが行く公園ってけっこう広いじゃないですか。家族向けの場所ですし、普通にシート敷いて弁当食べても良さそうだなって思って」

「…………」



私はしばらく考えた後、首を横に振った。



「ううん、大丈夫だよ。お花見弁当はまた今度」

「ええ……なんでですか?」

「コウハイ君が作るんでしょ?手間かけたくないのよ」

「あ、大丈夫ですよ?センパイが食べたければ―――」

「そういうのは、よくない」



思ってた以上にハッキリと出された声に、コウハイ君の目が見開かれる。


私も心の中で少し驚きながらも、なんとか話を続けた。



「私、コウハイ君にもらってばっかだもん」

「……センパイ」

「私は、君にまだ何も返せていない。もらってばかりなのはけっこう負担を感じちゃうから……だから、ごめんね」

「いえ、いいですよ。センパイがそう思うのなら」



コウハイ君はすぐに笑って、いつもの優しい視線を私に向けてくる。


いつしか、熱を増していた視線。


知らない間にコウハイ君は信じられないくらい優しくなっていて、目からは愛おしさが段々と滲み出るようになった。


もはやコウハイ君は、自分が抱いている好意を私に隠すつもりすらないようだった。


そして、私はそれが嫌いではないと思ってしまっている。


好きなのは…………好きなのは、こっちも同じだから。



「……そうだ」

「はい?」

「これからはコウハイ君の弁当、私が作ってもいい?」

「えっ?急に?」

「いいじゃん、せっかく話題出たんだし」

「いやいや、これからって……会社で食べる弁当ってことですよね?」

「うん。そうだけど」

「……手間かけたくないんでお断りしますと言ったら、どうしますか?」

「朝からコウハイ君の顔に弁当箱を押し付けちゃうかも」

「あはっ」



その弁当には、私なりの謝罪と恩返しの意味が込められている。


その意味を察しているはずのコウハイ君はくすっと笑ってから、ゆっくりと頷いた。



「じゃ、お願いします。たまには合同でしましょうか」

「……分かった。それくらいなら」

「はい。じゃ、俺はもう部屋に戻りますね」

「えっ?あ……ちょ、ちょっと!」



まだ話せてないことがある。


そんな思いと共に咄嗟にコウハイ君の手首を握ると、コウハイ君は驚いた顔で私に振り返ってきた。


ドクンと鳴る心臓の音と共に、私は少しだけ目を逸らしながら言う。



「あ、あの……その」

「…………はい」

「…………えっ、と」



………………ああ、もう。どうすればいいの。


服の事を開き直ってコウハイ君に聞くべきなのか、それとも自分一人で熱心に考えるべきなのかが、分からない。


前者だと面白くないし、後者だと失敗するかもしれないから怖い。


そもそも、私はこんなことで悩んでいる自分自身に先ず違和感を抱いてしまった。


私が知っている私は、こんなことで悩んだりしないのに。



「服とか、その」

「……服?」

「……ふぅ」



そう、サービスってことにしよう。コウハイ君が普段から頑張ってくれてるから、そのサービスってことで。


私はようやくコウハイ君と見つめ合いながら、はっきりと声を出して行った。



「コウハイ君、好きな服装とかある?スタイルとか雰囲気とか、なんでもいいんだけど」

「服装って……明日のやつですよね?」

「うん。コウハイ君にサービスしてあげたいと思って。普段から、その……色々我慢させられちゃってるしね」

「…………………」



何故だか、コウハイ君は顔を赤くしてから急に後ろ頭を掻き始めた。


コウハイ君が恥ずかしがる時に出る反応だってことを、私はもう知っている。でも、いきなりなんでこんな反応を?


首を傾げていた時、コウハイ君は少し俯いてから言う。



「派手なヤツ以外には、なんでもOKです」

「……そのなんでも、って言葉が一番難しいんだけど」

「……なら、言い方を変えて」



諦めがついたように、コウハイ君が言う。



「男の人があんま意識しないような、普通なヤツでしてくれると……助かります」

「…………………え?」

「……露出も控えめで」



その言葉だけを残して、コウハイ君は逃げるように部屋から出て行った。


最後に見たコウハイ君の耳は、信じられないくらい赤く染まっていて。


ドアが閉ざされた後、私はそのまま崩れ落ちて、自分の胸に手を当ててみる。


……バカみたいに、速く鳴っていた。



「…………っ、ぁ……」



顔に熱が上がって、もう服とか弁当とかどうでもよくなる。


コウハイ君のありありな独占欲だけがすべてを包んで、私をコウハイ君のモノにしていく。


本当に、コウハイ君は。


昔から私をいじめる言葉ばかり、届けてくる。

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