63話  お花見の誘い

待ってる、の言葉には希望しか感じ取れなかった。


一日中心がおどって、センパイを抱いた昨日の夜のことがずっと思い返されて、結局午前にはまともに仕事に集中できなかった。


午後になってからようやく正気に戻って、早めに切り上げてから帰りの電車に揺らされていた頃。


隣に立っているカップルみたいなスーツ姿の男女の話し声が、俺の耳に聞こえてきた。



「お花見だと……こことかどう?この公園、前にも行ったことあるんだよね」

「へぇ、そうなんだ!どうだったの?」

「すっごくいい感じだった!!もう見えるとこすべてが桜でいっぱいでね―――」



桜か。


そっか、桜か。お花見……もうそんな季節なのか。


隣でカップルがウキウキしているのを一回だけ盗み見してから、口角を上げた。


お花見にでも誘ってみようかな。


そんな軽い気持ちを抱きながら帰宅して、料理を作って、食事中に軽く話を振ってみたところ。



「お花見か……ううん……」

「………」



曖昧な反応をされてしまって、少しだけへこんでしまった。


センパイは白飯を咀嚼しながらも、ゆっくりと考えるように視線を下げている。


ダメか、と諦めようとしたところで、センパイが聞いてきた。



「それって、デートの誘いだよね?」

「えっ……?あ、ああ~~そうなりますね」

「……なんなのかな。その、全く考えてなかったと言うような口調は」

「いや、お花見に気が取られ過ぎていて……そうですね。デートの誘いです」



苦笑を滲ませながらも開き直ると、センパイはしばらく無言で、俺をずっと見つめてきた。


互いの視線が混ざり合って、俺はセンパイの赤い瞳を見据える。


センパイは先に目を離した後に、アジフライを箸でつつきながら言った。



「私、お花見とか行ったことないんだよね」

「……俺もです」

「桜とか見ても、桜だな~としか思わなかったし」

「俺も同じです。普段から花を気にして見たことはなかったんで」

「なのに、お花見しようって誘ってくるんだ」

「いつも映画館ばかりじゃ、マンネリ感あるじゃないですか」

「ふふっ」



センパイと二人きりで外出をしたことは、あまりなかった。


お互い外にはあまり出たがらないタイプだし、用事がないと基本的に家にいるのが普通だから。


それに、もし外出をしたとしても前回のように新作の映画が出たか、もしくは簡単な買い出しといった理由がほとんどだったから。


ガッツリとしたデート雰囲気は、今までなかったのかもしれない。それに、俺はお花見とかに全く興味がなかった人種だ。


それでも、センパイとデートがしたいから。二人きりで出かけたいから。


この提案を、わざわざ口にしたのだ。



「お弁当とかも必要かな?」

「ううん……場所によりますね。俺的には、お花見ってレジャーシートとか敷いてお弁当食べる感じではありますけど」

「私も全くそんな感じなんだよね。それで、どうする?」

「……場所を探してみましょうか。まあ、お花見の後には適当に歩き回ったり、近所のカフェに入ったりするのもいいでしょうし」

「うん、そうしようか」



お弁当か。


そういや、センパイのためにお弁当を作るのも悪くないなと思いつつ、箸を動かせていると。



「期待してるね、コウハイ君」



センパイの、いつも通りの平然とした口調が聞えて来て。


俺はゆっくりと頷きながら、センパイが作ってくれたアジフライを食べて行った。

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