62話 コウハイ君と永遠に一緒にいたい
距離感が測れない。
異性を好きになったことなんて生まれて初めてで、人を好きだとはっきり自覚したのも生まれて初めてだった。
だから、私は今も困惑している。
私をぎゅっと抱きしめたまま無防備な寝顔を晒しているこのコウハイ君に、どう対処すればいいか分からない。
「…………」
ずっと同じベッドにいるおかげで、少しは暖かくなった指先。
その指先で、私はコウハイ君の頬を撫でてみる。コウハイ君が起きることはなくて、裸で私を抱きしめている体が動くこともなかった。
枕と布団にはちゃんとコウハイ君の匂いがして、私の髪の毛のシャンプーの香りに混ざって頭がくらくらしてくる。
裸でコウハイ君と抱き合っているのに、そこになんの否定的な要素を見いだせない。私はもう終わりだ。
こんなに早いうちに堕ちるなんて思わなかった。
いや、そもそもコウハイ君を好きになるとも思わなかった。
本当になにもかも、私の予想とは真逆のことをしてくれるなと思うと、少し悔しくなる。
「………嫌い」
だから、ボソッとそういう言葉を呟いてみる。
自分に言い聞かせて、コウハイ君に縮まろうとする心に少しでもブレーキをかけるために。
でも、私の心は私が嫌い、と言った瞬間に、まるで針に刺されたようなチクチクとした痛みを届けてくる。
ウソを言った罰だと言わんばかりに、私の心が私を
理性で邪念を取り押さえようとしても、触れ合っているコウハイ君の体と息遣いが邪魔をする。
もう、私はコウハイ君に濡れているだけじゃなく、コウハイ君に酔いしれているらしい。
「んん………セン、パイ………」
「っ!?」
その瞬間、コウハイ君が身じろぎをしながら私を呼んで来た。
びくっと体が跳ねて一瞬ベッドから逃げようとしたけど、コウハイ君はまた寝息を立てるだけ。
寝言だと気づいた瞬間にはもう、私の体は羞恥心で熱く火照っていた。
………こんなはずじゃなかったのに。
もっとコウハイ君をいいように扱って……適当でふわふわな気分で日常を過ごして、気が向くままに行動するつもりだったのに。
好きだなんて、気づかなきゃよかった。
あの時、なんで自分のことを全部教えてあげるって言ってしまったんだろう。
言っちゃいけない言葉だった。絶対に、何があっても、私が悶々としないためには口にしちゃいけなかった。
今さら後悔したってもう遅い。私はコウハイ君が好きで好きで大好きで、仕方なくなっている。
コウハイ君を支配したいと思っているし、コウハイ君が永遠に私のものであってほしいし、ずっと傍にいて欲しいし、離れたくないとも思っている。
そんな夢を見ている子供っぽい自分が嫌いで、そんな自分を誤魔化すために精いっぱいやってきたつもりなのに。
「……………はぁ」
恋人なんて薄っぺらい言葉を、私は信じない。
コウハイ君はさすがに
なにせ、コウハイ君もそこは言い切れないでいる。コウハイ君だっていまだに、私に永遠を誓っていない。
だから、好きって気持ちを永遠に箱の中に閉じ込めておきたかった。
目を背いてさえいれば、余計なことを心配せずに済むから。
「…………………んん、ん」
「…………………」
「んふぅ……ん……ん?」
私が顔をしかめていた時、徐々にコウハイ君の目が見開かれる。
未だに眠そうにしているその瞳からは、なんの感情も読み取れない。いつもそうだ。
コウハイ君は私の悩みを理解しているくせに、私の悩みを共感したりはしない。
足をすくんでいる私とは違って、コウハイ君はいつも大胆に踏み入れてくる。
コウハイ君はあまりにも素直で、
だから、別れを意識している私だけが悶々とする。
「……寝なくてもいいんですか?」
「誰かさんのせいで眠れない」
「ふふっ……センパイ」
「なに?」
「エアコン、つけてもらえませんか……ちょっと、今暑いんで」
「私、指一本動かせる力ないから、よろしく」
「腕伸ばしたらリモコンに届くじゃないですか……お願いします」
「…………………私は、暑くない」
そういいながら、私はコウハイ君をぎゅっと抱きしめる。
ある程度は本音だった。私は冷え性だから、暑さにはそこそこ強い。
でも、布団の中がジメジメしてさすがに気になったんだろう。コウハイ君はジッと私を見つめてくる。
「…………」
「つけないから」
「指一本動かせないと言うには、抱きしめる力がすごいんですが」
「……知らない」
「あはっ」
諦めてくれたのか、コウハイ君は私を抱きしめ返しながら目をつぶる。
私はそれが愛おしくて心臓が爆発しそうで、精神がくらくらする。
その感情を押しのけるようにして、私は言う。
「……後でつけてあげるから」
「ありがとうございます」
「……コウハイ君」
「はい」
「ずっと私の傍にいるわけじゃないよね?」
「…………」
いきなり投げかけられた重い質問に、目が覚めたのか。
コウハイ君は再び私を見つめながら、言った。
「センパイ」
「うん」
「俺はたぶん、今も……センパイが望んでいるような感情は抱いてないと思います」
「……なんで?」
「これが一時期の衝動なのか、ずっと続く愛なのか、まだ見当がついてないんで」
「……そっか」
「はい。でも………えっと」
それから、コウハイ君は恥ずかしかったのか。
急に私の首筋に顔を埋めてから、大切な言葉をかけてくる。
「……努力するつもりですし、そうなれたらいいなとも本気で、けっこう本気で、思ってますから」
「………………………………」
「好きって気持ちに気付き始めたのも、これが初めてですから……そこをよく理解してくれると、嬉しいです」
理解できないはずがない。
私だって、人を好きになったことは今回が初めてだから。
私は懐にいるコウハイ君の頭を大切に抱えながら、目をつぶる。
「……待ってる」
「……はい」
「おやすみ、コウハイ君」
「おやすみなさい、センパイ」
待ってる。その言葉が今の私を表しているような気がした。
結局、今の私は。
コウハイ君と永遠に一緒にいたいと、願っているのだ。
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