59話 ホワイトデーのプレゼント
「美味しいですか?」
「うん、美味しい」
表情から美味しさが滲み出ているので、たぶん間違いないだろう。
俺はマカロンを幸せそうに頬張るセンパイを見つめながら、コーヒーをすする。
マカロンを作るのは初めてだったから緊張もしたけど、よかったと思った。
「前に私が作ったテリーヌより美味しいんじゃない?ふふっ、ありがとう」
「いえ、そこまでは」
俺が作ったのはチョコの他に、色料を使ったいちご色のマカロンと、白いマカロン。
一口食べてみると、確かに体に悪そうな甘さが口の中に襲ってきた。
まあ、くどい感じじゃないから、別にいいっか。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
「うん?」
俺は立ち上がって、予め買っておいたプレゼントを取りに部屋に向かった。
紙バッグの中に丁寧に
本当にこれでいいんだろうか。昨日までずっと悩んで時間ギリギリに選んだ物だったから、あまり自信がなかった。
加藤のアドバイスもあるし、大丈夫だとは思うけど………もうちょっと気の利いたプレゼントがしたかったな。
モヤモヤを抱えたままゆっくり部屋から出ると、センパイは俺が持っているものを見て目を丸くした。
「えっ、なんなのそれ」
「……プレゼントです」
「え?ああ………ふふっ」
……まるで、予想していたかのような反応だ。やっぱり、俺の隠し方が下手くそだったんだろう。
悔しいなと思いつつ、俺は紙バッグの中にある物を取り出して、テーブルに置いた。
「なるほど、ディヒューザーね」
「はい」
コスメ、アクセ、バッグ、お花。
様々な選択肢の中でえり抜いたものの、これが正解なのかは未だに分からなかった。
俺はセンパイがどんなコスメを使うのか知らないし、センパイがアクセをつける姿も見たこともない。
バッグは恋仲でもないのにホワイトデーのプレゼントとしては重すぎるし、お花は俺的にちょっと微妙だった。
だから結局、振り出しに戻ってディヒューザーにしたのだ。
幸い、センパイが部屋で使っているディヒューザーはホワイトコットンなのを知っているから、失敗する可能性も低いと思うけど。
「ホワイトコットンか……ふうん」
「……なんですか?」
「コウハイ君、けっこう私の事知ってるよね」
「……………何にも知らないですよ?センパイのことは」
「そうかな?ふふっ」
センパイは愛おしそうにディヒューザーの包装を撫でてから、俺を見つめる。
「ありがとう、コウハイ君」
「……どういたしまして」
「嬉しいよ、本当に。大切に使わせてもらうね」
「はい」
……幸い、失敗ではなかったようだ。
そんな風に胸を撫で下ろしていると、次にセンパイの声が聞えてくる。
「コウハイ君はなにか欲しい物、ある?」
「えっ?」
「私、コウハイ君にもらってばっかじゃない。少しは私も何か返さなきゃと思うけど」
「えっ?ああ、いいですよ。ホワイトデーじゃないですか。センパイがバレンタインにテリーヌとクッキー作ってくれましたから、今回はそのお返しに―――」
「ううん、違うの」
センパイは少し寂しそうに微笑んだまま、言葉を続けた。
「本当に、もらってばっかなんだよね。生活面でもコウハイ君に頼りっきりだし、情緒的にもコウハイ君に依存してる自覚あるし。このままじゃ私の気が休まらないよ」
「……センパイ」
「2年以上は一緒にいるんでしょ?だから、その間にはなるべく公平な関係を築いて行けたらなと思うの。コウハイ君も、なにか欲しいんじゃない?」
「………………」
俺はセンパイに告白をした。だから、このマカロンとディヒューザーにはちゃんと好きって気持ちが込められている。
それが負担だというのに、センパイは私と2年以上も一緒に住むって言っている。
俺はそれは純粋に嬉しいけれど、関係がどんな方向に転ぶかが気になって胃が痛くなる。
どうすればいいか分からない。本当はセンパイに何ももらえなくても平気だけど、そうすればセンパイが益々負担を感じるだろう。
人を好きになったこともこれが初めてだから、色々複雑すぎる。
どうすればセンパイとの未来に繋がるか、どうすればもっと長く一緒にいられるかが、分からない。
本当に、分からないことばかりだ。
センパイはいつだって、俺に初めての経験と感情を送ってくれる。
「……センパイのことを、もっと教えてください」
誰かを知りたいと思ったのも、今回が初めてだ。
そして、この言葉が酷く繊細でひびが入れやすいということも、俺は分かっている。
でも、俺は口にする。濁り一つない自分の心を、センパイに届ける。
どうすればいいか分からないから、適当な仮面を被ることができなくて。
こうして、剥き出しの本音しか残らないのだ。
「どんな過去を歩んできたのか、どんなものを見て来たのか、好き嫌いとか、食べ物の好みとか、気になるアクセとか……全部、教えて欲しいです」
そして、センパイは俺の本音を聞いて。
「……………………………………うん」
長い沈黙を保ってから、決心したように頷いた。
「教えてあげるね。私の全部」
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