48話 コウハイ君が手を握ってくる
コウハイ君が私を支配しようだなんて、言語道断だ。
だから、気持ちがいい。コウハイ君が私にからかわれているところが、少しだけど嫉妬してくれているところが。
私に独占欲じみた感情をしてくれるところが、気持ちいい。
嫌な女だとは思いつつ、私はこうするしかないと思う。
私は確かめないと、不安になる人種だから。
「………」
「………」
コウハイ君とこうして映画館に来るのは2回目かな、と思った。
流れるシーンを見ながら、私は片方でコウハイ君の手を意識する。肘掛に乗せられているコウハイ君の大きい手。
女の私とは違う、ごつごつしてて固い手。
不覚にも、それを繋ぎたいなと思ってしまう自分がいる。
でも、コウハイ君はもう完全に映画の世界の中にいた。自ら進んで映画をあまり見ないくせに、一度見始めたら完全に飲み込まれるタイプ。
私は、それがずるいと思う。
仕返しをしたいと思う。だから、手を重ねた。
「………!」
「…………」
ビクッ、とコウハイ君の手が震える。
私はコウハイ君の手の上に自分の手を乗せて、知らん顔でスクリーンに集中する。
コウハイ君の視線が感じられるけど、意識を向けないように注意しながら前だけを見る。やがて、コウハイ君の目も前に向かれる。
勝った、と思ったその瞬間。
「……!!」
コウハイ君はくるっと自分の掌を返して、私の手を少しだけ握ってきた。
反射的に肩が震えて、私は否応なしにコウハイ君を見つめる。コウハイ君は無表情のまま私を見つめて、また視線を映画に戻す。
指が絡まっていないけど、手は握られている。
互いの汗が少しずつ滲み始め、熱くなっていく。手汗なんて嫌いだけど、握られている手を離すことなんてできない。
「………………」
私は、そのままコウハイ君の手に指を絡めて、握り合うように力を込める。
手の温度が気になりすぎて、映画に集中できない。純粋に、嫌だ。
こんなにも惑わされて、こんなにも動揺してしまう弱々しい自分なんて、嫌いだ。
でも、手を離す気にはなれなくて、私は湧き上がる感情をぐっとこらえて映画に集中する。
内容は、頭に全然入って来なかった。
「面白かったですよね」
……だから、笑顔で映画の内容を語るコウハイ君が、どことなく恨めしく感じられた。
「そうなの?」
「まあ、助けた人が実は真犯人だったなんてお約束みたいですけど、演出がすごくよかったと言うか。めっちゃ面白かったです」
「あ、そ」
………………………生意気。
生意気、生意気、生意気。なんなの?
なんでこんな子供っぽい感情が湧くんだろう。なんで、コウハイ君は映画に集中できたんだろう。
あらゆる考えが頭の中で散らかって、どんな言葉を返せばいいか分からなくなる。
思いの差を見せつけられたような気がして、それがなおさら嫌だった。
私が抱いているこれは、別に好きとか愛とかじゃなく、単なる支配欲だけど。
「ちょっ、センパイ?どこ行くんですか?」
「帰ろ?もう特にやることないでしょ?」
「ええ……?でも、せっかくここまで来たんだし、どこか寄って行きませんか?」
「寄るって、どこに?」
「実は、買いたいものがあるんですよ」
コウハイ君はそう言いながら、スマホを少しだけいじった後に画面を見せてくる。
「これは……コーヒー豆?」
「はい、ちょうどここらあたりにコーヒー豆の専門店があって。そこにちょっと寄って行きたいんですけど」
「コウハイ君、そんなにコーヒー好きだっけ」
「……まあ、一人でいた時はあまり気にしてなかったんですが」
苦笑しながら、コウハイ君はスマホをポケットの中に入れる。
私はさっきの言葉に引っ掛かりを感じて、コウハイ君に食いつく。
「一人でいた時には、気にしてなかった……?」
「はい。まあ、適当に市販のコーヒーかスタバのヤツだけ買ってましたから」
「……なら、なんで急に興味を持ち始めたの?」
答えが決まっている質問に、コウハイ君はあえて答えを出さない。
その代わり、私をジッと見てくる。私は少しだけ鼓動が激しくなるのを感じながら、コウハイ君を見上げる。
……そういえばコウハイ君は、いつも違う種類のコーヒー豆を買っていた。
基本的なブレンドから始めてキリマンジャロ、ブルーマウンテン、マンデリン、コロンビア。
様々なコーヒー豆を買ってきて、たまに私に味がどうかを聞いていた。私はどれも美味しい、としか答えてなかった。
でも、それが全部私のために選んでくれたものだとしたら。
「…………嫌い」
「………あはっ」
私は、コウハイ君のことが益々嫌いになってしまう。
コウハイ君が大切になればなるほど、私の穴も大きくなっていくし。
優しさは、私が今まで浴びたことのない類の感情だから。
「………コウハイ君」
「はい」
「ありがとう」
「……………………」
コウハイ君は何も答えなかった。
ただ、両手を自分のジャケットのポケットの中に入れて、肩を竦めるだけだった。
「どういたしまして」
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