47話  カップルメニュー

センパイは映画マニアだ。


本も読むしドラマも見るし、時々アニメも見たりするけど、センパイは何よりも映画を好む。


曰く、適当な時間できっぱりとエンディングを見ることができるから、とか。


そういうセンパイの映画愛につられて、俺も前と比べたらだいぶ映画を見るようになった。



「この人いいよね。演技の幅が広くて、イケメンで」

「へぇ、イケメンか……」

「なに、嫉妬?」



前に立っているセンパイがクスリと笑う。俺は肩をすくめて、横にあるパンフレットをジッと見た。



「いや、別に嫉妬とかじゃないんですが」

「じゃなに~?なんでイケメンって単語に釣られたの?」

「センパイがイケメンって言うのが珍しいからですよ」

「そうかな?」

「そうですよ」



そもそも、センパイが誰かを顔でとやかく言うのを聞いたことがなかった。


あの人格好いいとか、イケメンとか、顔が好みとか……そういう類の誉め言葉をほとんど聞いてなかった気がする。


だから、ちょっとした違和感を抱いてしまっただけだと思う。


まあ、イケメンだけどね。クリスチャンベール。



「後ろがいいよね?コウハイ君は」

「いえ、適当に選んでもらってもいいですよ?どうせ席あんま残ってないじゃないですか」

「じゃ、ここで」



やや後ろの席を選んでから、センパイは慣れた手つきで機会を操作して行く。


シネマ会員のカードまで持っているんだから、センパイはたぶん一人だった時も、幾度もなく映画館に来てるのだろう。


週末に一人で映画を見るセンパイの姿をぼんやり思い出していると、センパイに軽く腕を叩かれた。



「ほら、行こう?ランチ」

「あ、はい」



上映時間までは後2時間も残っているから、俺たちはその間にランチとカフェで適当に時間を潰すことにしていた。


人が多く集まっている繁華街の中、俺は予め調べた店に向かいながら、周囲の反応に目を向ける。


……やはりと言うべきか、センパイは注目されていた。



「………」

「どうしたの?」



横に並んでいるセンパイをジッと見つめていると、センパイは目を丸くしてこちらを見上げてくる。


俺は言うか言わないか悩んでから、結局口を開いた。



「いえ、ちょっと見られてるなって思って」

「うん?ああ~~ははっ、可愛いよね、コウハイ君」

「……何がですか」

「教えてあげない、ふふっ」



他人の視線に敏感なセンパイが、周りの男たちの視線に気づかないわけがない。


ベージュ色のニットセーターの上に赤いコートを羽織って、下は黒いロングスカートにパンプス。


特に目立った服装でもないはずなのに、恐ろしいくらいにセンパイに馴染んでいるせいか、すれ違う人たちがみんなセンパイを盗み見ていた。


もしくは単に、センパイの顔が良すぎるからか。分からないけど、あまり気持ちいいとは思えない。



「大丈夫だよ、コウハイ君」

「はい?」

「大丈夫」



センパイは意味不明な答えを返した後、俺をジッと見上げてくる。


その大丈夫の意味を深堀したら危なくなりそうで、俺は淡く微笑んでから目的のイタリアンレストランに入った。



「お腹減った~~早く何か食べよっと」

「ですね。さてと……」



店員さんからありがたくお冷を受け取って、メニュー表を取り上げたその瞬間。


俺たちの間に、しばらくの沈黙が続いた。



「……ペアコースか」



センパイの独り言に、俺は乾いた唇を湿らせる。


パスタ単品、飲み物単品ではなくピザ、パスタ、サラダが一緒に入っているコース形式のメニュー。


それはいい。コスパ的にもいいし、俺とセンパイも野菜は嫌いじゃないから。でも……。



「………………はぁ」



メニューの右上にカップル、という4文字が目に入ると、さすがに気まずくなってしまう。


俺たちは別に恋人ではない。呼び方通りの先輩後輩って間柄でもないし、どちらかと言えばセフレに近い気がする。


でも、最近の俺たちの間には、セフレとも言い切れない不純物が漂っている。


俺たちは明らかに、セックスの快感だけじゃない何かを交換していて、それを混ぜ合わせてお互いに届けている。


俺はそんな関係が、カップルだとは思わない。



「頼もうか、これ」

「はい?」



だから、次に出たセンパイの言葉を聞いて、俺は思わず変な声を上げてしまった。


センパイは目を丸くして、首をかしげる。



「どうしたの?」

「えっ、いや……いいんですか?」

「ああ、これ?いいじゃん。コスパ的にもバランス的にも」

「……………」

「ふう~ん?もしかしてコウハイ君、これを気にしてるの?」



メニュー表にあるカップルという文字をトントンと叩きながら、センパイは茶目っ気な笑みを零す。


少しだけムッとなって、俺はお水を一杯飲んで頷いた。



「これにしましょうか。パスタの種類はなににします?」

「パスタは……私はガーリックシュリンプ。あ、ピザはゴルゴンゾーラがいいかな」

「オッケーです。じゃ、俺はこの激辛のトマトで」

「ふう~ん?」

「……なんですか」

「なんで激辛?ストレス受けることでもあった?」



……今絶賛目の前にいますけどね、とはさすがに言い捨てず。


俺は、首を振って平然なふりをしてみる。



「いえ、別に?」

「………ふふふっ」

「……ジロジロ見ないでもらえませんか?」

「やだ」

「……サラダ選んでください」

「コウハイ君が選んで?ピザは私好みにしたから」

「……シーザーでいいですか?」

「うん、それでいいよ」



センパイは一瞬たりとも俺から目を離さず、両手で頬杖をついたままずっと俺を見つめていた。


俺がそれがむずがゆくて、苦手だけど、嫌いではないと感じてしまっている。


でも、やっぱりちょっと悔しい気持ちが湧き上がる。



「すみません~」

「は~~い!ただいま向かいます!!」



店員さんが駆け寄ってくる前に、俺は目を細めながら言う。



「……帰ったら容赦しませんからね」

「今日のエッチも禁止」



……やっぱりセンパイは意地悪だと思った。

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