カップル

46話  コウハイ君に溺れたい自分

最近、コウハイ君を思う頻度が増えた。


朝起きる時にも、会社にいる時にも、家に帰る電車に揺られている時にも、私はコウハイ君のことばかり思い続けている。


不思議なくらい、ずっと思っている。私にはその理由が分からない。


コウハイ君は嫌いだけど、そこまで嫌いでもなかった。


そもそも、大嫌いだったら2年以上も一緒に住みたいだなんて思わない。



「……厄介だな」



3月が近づいてきてもまだ少し寒々しい空気の中、私はぼんやりとつぶやく。


家に帰って着替えを終えたら、ちょうどコウハイ君が帰ってくる。


私たちはそのままお風呂に入ってお夕飯を食べて、買ってきたデザートと共にコーヒーを飲んで、ソファーでだらだらするだろう。


そして、その場の流れでセックスするかどうかが決められて、眠りにつく。


この日常はあまりにも心地よくて、あまりにも長く続いていて。


私は、もうそれなしじゃ生きられない体になっている。



「ただいま」



誰もいない家にポツンと呟いて、私は先ずリビングに明かりをつける。


コウハイ君におかえりなさいって言われたら、どんな気持ちなのかな。


前に家出した時にかけられたおかえりなさいは、今も心にずっと残っている。耳ざわりのいい声だった。


私はゆったりしてホカホカな長袖のシャツと、白いショートパンツに着替えてエアコンをつけた。


そうすれば、図ったかのように家のドアが開かれる。



「おかえりなさい」

「はい、ただいまです」



スーツ姿のコウハイ君は笑顔で答えて、すぐに自分の部屋に戻る。


リビングのソファーで静寂に包まれていた私は、なんとなく立ち上がって。


ノックもせずに、コウハイ君の部屋のドアを開いた。



「…………」

「…………」

「センパイってやっぱ変態ですよね」

「私をこうさせたのはコウハイ君だから」



本心だった。私を狂わせたのは、私は全く知らなかった私にしたのは、すべてコウハイ君だから。


ちょうどシャツを脱いでいたコウハイ君の上半身が目に見えてくる。


筋肉がバキバキな体ではないけど、腹筋は割れていてちゃんと管理されている事実が伝わってくる。


私は、しれっと部屋のドアを閉じてコウハイ君に近づいた。



「今度、センパイの着替え中にこうやって襲ってもいいんですか?」

「バカ言わないの。答え、分かってるよね?」

「なら、なんで?」

「なんとなく」



本当になんとなく、私はコウハイ君の素肌に自分の掌を重ねて見る。


私の指先は冷たくて、コウハイ君の体は暖かい。この体に、私は昨日も抱きしめられていた。


………………ああ、本当にもう。


私、毒されてるな。



「……センパイ?」

「うん?」

「何やってるんですか、本当に?」

「コウハイ君って、運動とかもよくしてるんだっけ?」

「そりゃ、腕立てくらいは毎日」



……偉いなぁ。私は運動とかあまりしてないのに。



「なんで?」

「はい?」

「毎日のように運動するの、めんどくさくない?なのに、なんで?」

「………」



コウハイ君は少しだけ顔を赤らめて、私から視線を外したまま答える。



「センパイも、この方がいいじゃないですか」

「………………………」

「相手に対する礼儀と言うか……なんというか。最近は特に、センパイとヤることが多くなったから」

「私のためってことだよね」

「………はい」



………私は、唇を強く引き結ぶ。


そうしないと心臓が勝手に弾けて、その躍り出た感情が口に出てしまいそうだから。



「コウハイ君」

「はい」

「私、見たい映画があるの」

「なんですか?」

「この前見た、犯罪映画の続編が出たらしくてね。で、ちょうど今週の週末から上映されるんだって」

「……一緒に行きますか?」

「……………」



なんでだろ。


一緒に行くつもりで誘ったのに、素直に頷きたくない。心の中で悔しさが首をもたげて、私は自分の感情をもう一度確かめる。


私の中には、コウハイ君と離れなきゃいけないと思っている私がいる。


でも、コウハイ君と一緒にいたいと思っている自分が、益々大きくなっていって。


その弱ったらしい自分は、決して孤独を許してはくれない。


コウハイ君に包まれて、そのまま溺れなさいと命令してくる。



「うん、一緒に行かない?」

「いいですよ。土曜日ですよね?」

「うん」

「分かりました」



コウハイ君が頷いてから、またもや重苦しい沈黙が流れる。


お互いの顔をずっと見つめ合っていると、コウハイ君は我慢できないとばかりに目を細めた。



「センパイ、着替えたいんですけど」

「ふふっ、いいよ?着替えても」

「センパイってそんな趣味でしたっけ」

「私もよく分からないかな~まあ、でもこの部屋からはあまり出たくないかも」

「……襲いますよ?」

「本当、生意気」



私はコウハイ君の胸板を軽くノックしてから、ニヤッと笑って見せる。



「今日はエッチ禁止」

「………鬼だなぁ」

「話し声、聞こえてるよ?」

「聞こえるように言いましたから」



ため息をつきながらも、コウハイ君は大人しく私の目の前で着替えてくれた。

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