45話 2年以上も一緒にいるんだから
「すぅ……すぅ……」
「………………………」
……やってしまった。
ほとんど、一日中やったような気がする。
一ヶ月間溜まっていたすべての性欲をぶちまけるようにヤって、ヤって、ヤって。
朝になって、横で俺に抱きついたまま眠っているセンパイを見たら何とも言えない気持ちが湧き上がる。
心臓が早く鳴り出して、センパイに触れていることを幸せだと感じている自分がいる。
俺はセンパイの名前を知っているけど、センパイの名前を知らない。
たぶん、センパイは俺にとってずっとセンパイでいるはずだ。
「………センパイ、朝です」
「んん…………ん………」
「……………」
体もだるいし起こす気にもならないから、俺はそのまま横になってセンパイをジッと見つめる。
センパイの綺麗な肌にはなんの跡もない。でも、俺の肌にはたくさんの跡が残っている。
それが、センパイと俺の違いを見せつけてくるようだった。でも、互いを大事に思っていることに変わりはない。
俺は、布団をセンパイの肩辺りまでかけてから、もう一度センパイを抱きしめる。
ちゃんと暖かくて、冬の寒い空気にも負けそうにないくらい、穏やかだった。
「…………………」
「…………………」
センパイの深い息遣いがなくなり、俺は腕を解かないままずっとセンパイを抱き留める。
センパイは、目が覚めても俺を突き放したりはしなかった。
むしろ、ずっと目を閉じたまま静かに俺の体温を堪能している。
センパイもだいぶ変わったなと思うと、苦笑が滲み出てしまう。
「……あったかい」
掠れた声でセンパイが言うと、俺も同じく掠れた声で返した。
「ですね、あったかいです」
「…………」
「センパイ?」
「このままでいて」
「………分かりました」
シャワーを浴びに行きたいところだけど、センパイのお願いなら仕方がない。
俺はセンパイの髪の毛をぼんやりと見ながら、腕に力を入れる。
センパイはもぞもぞと動いて、俺の胸板に額を付けた後に、深呼吸をする。
……めちゃくちゃ恥ずかしいけど、センパイの性癖を知っている俺としては、なんとも言えなかった。
「……だるい。動きたくない」
「さすがに、そろそろ起きないとマズいですよ?シャワーも浴びなきゃいけませんし」
「コウハイ君のせいでしょ……なにもかも」
「腹減りましたから、ウーバーでも頼みましょうか」
「コウハイ君はなに食べたい?」
「今ならなんでも食べられそうですが……センパイは?」
「ううん……私は、指一本も動きたくない……腰が砕けそう……」
……生々しいことを言うな、本当に。
まあ、こうなるほどセンパイをいじめた俺が悪いんだけど。
「もう二度とチョコ作ってあげないから……」
「なんでそれがチョコに繋がるんですか。チョコのせいじゃないのに」
「チョコを食べたコウハイ君が勝手に発情したんだから、チョコのせいでしょ?」
「センパイって本当理不尽ですよね」
「私、前はこんな理不尽じゃなかったもん」
センパイは俺の胸板をコンコンとノックしてから言う。
「前は素直で、思ったことすぐに言って、清々しくてクールで、神秘的で……理想のセンパイだったのにな」
「じゃ、今は?」
「今は我がままで、理不尽で、けっこう病んでいて、コウハイ君にこんなキスマークなんかつける……変な女になっちゃったかな」
「……俺、最近のセンパイはセンパイらしくないと、よく言ってましたけど」
昨日のセンパイの乱れっぷりを思い出しながら、俺はぷふっと噴き出す。
「最近のセンパイも、ちゃんとセンパイだったんですね」
「………………」
「知ってましたか、センパイは?自分がこんな人だってことを」
「……全然知らなかった」
「じゃ、いいことですね」
「いいことなの?私はこんな私、知りたくなかったのに」
「いいことですよ。自分自身を知れば知るほど、楽になれますから」
そして、俺も知らなかった。
俺が誰かに向けてこんな感情を抱ける人間だってことを、まるで知らなかった。
俺はこんなにも誰かを大切に思える人間だなってことを、初めて知ったような気がする。
でも、この気持ちを言葉で表したら、また何が起こるか分からないから。
今のところは、心の奥に鍵をかけておくことにした。
「コウハイ君」
「はい」
「ピザ食べたいかも」
「普通のでいいですか?」
「……お肉がたくさん入っているヤツ、食べたい」
「分かりました」
といっても、ここはセンパイの部屋だから俺のスマホは当然ない。
センパイから解放されたら、注文しなきゃ。そう思いながら、俺はセンパイの髪の毛を指ですく。
センパイは深く息を吸ってから言った。
「コウハイ君」
「はい」
「……2年以上は、私と一緒にいてくれるんだよね?」
「ですね。取り消しはできないって、センパイから釘刺されましたし」
くすっと笑う声の次に、今度こそセンパイは俺に抱きついてきた。
「じゃ、これからは定期的にエッチしてあげる」
「シャツはもう二度と貸しませんから」
「ええ~~鬼だな、本当に」
「一ヶ月も人を我慢させた人が、よくもそんなこと言えますね」
「我慢したのは私も同じだから、おあいこにしない?」
「俺のシャツをよれよれにさえしなかったら、ギリ行けたんですけど……」
「ケチだなぁ」
そのまま俺の胸板に額をぐりぐりして、センパイはふふっとまた笑みを零す。
昨日のような熾烈な刺激はないけど、体に染みるような何かが広がっていく。
俺たちは、その何かをずっと知らないまま生きてきた。
でも、これからは徐々に知って行けるだろう。
2年以上も、俺たちは一緒にいるんだから。
「コウハイ君」
「はい」
「やっぱり、シャツは貸してよ。匂いフェチの人に、その仕打ちは酷いすぎるじゃん」
「……エッチの頻度に合わせて、貸すかどうか決めます」
「ふふっ、変態」
センパイはそのまま、一時間も俺に抱きついていて。
大切な日曜日は、そんなダラダラした空気に包まれて消えて行った。
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