44話  私がコウハイ君から感じたもの

その権利は、もっと大事な場面で使われるべきだ。


セックスの快楽なんて一瞬で消えるから。せっかくの勝負で得た大事な権利を、こんな場面で使うなんて。



「ちょっ……コウハイ君!」



納得はできないけど、理解はできる。


散々お預けを食らわせたのは私なのに、そんな私がコウハイ君を煽るような行動をしたのだから、当たり前だ。


それでも、私はどうにかして抵抗しようとした。コウハイ君に権利を使わせないために、それなりに努力した。


でも、その小さな抵抗も大人の男性の力には及ばない。



「きゃっ……!」

「………」



私をお姫様抱っこして、そのまま私の部屋に入ってベッドに押し倒したコウハイ君は。


今まで見たことがないくらい、ギラギラした目つきで私を見下ろしていた。



「………え、エッチはやだ」

「センパイを言いなりにできるんですよね?」

「っ……!」



コウハイ君の声が低い。いつもの優しくて緩やかな口調とは段違いだ。


体を動かそうとしても、コウハイ君の手が私の手首を束縛していて、動くことができない。



「バ……バカじゃん」

「………………」

「大事な場面で使って欲しいって言ったよね?なのに、こんな……んぅっ!?」



そのまま私を黙らせるように、コウハイ君の唇が私の唇を塞ぐ。


次に広がる、懐かしくて刺激的な快感。コウハイ君の温もりと、他人の舌の感触と、ちょっとだけ苦いテリーヌの味。


コウハイ君の体臭が体に滲んできて、意識が段々と濁っていく。


理性の叫びを押し殺して、本能が舌を勝手に動かした。



「んむっ、ちゅっ、んんっ………!!」



私だって、別にコウハイ君とエッチをしたくないわけじゃない。


性欲もあるし、コウハイ君とはセフレだし、相性もいいし。


私だって一ヶ月も我慢をしたんだから、すぐに蕩けるのは仕方ないと思う。


でも、このままだと本当に理性が欠片も残らなそうだったから、私は両手でコウハイ君の肩を押す。



「はぁ、はぁ、はあ…………っ」

「………」

「……こ、コウハイ君」



目は口程に物を言う。


コウハイ君のぎらついた目が、すべてを物語ってくれる。彼がこの一ヶ月間、どれだけ悶々としていたのか。


どれだけ私とエッチをしたがっていて、どれだけ私のために我慢をしたのか。


どれだけ、私を尊重してくれたのかも全部、分からせるような眼差しを送ってくる。


その視線を浴びて、私の理性は段々と崩れていく。


これを受け止めたら、コウハイ君と離れ離れになるのがもっと辛くて、もっとしんどいことになる。


コウハイ君は永遠に私の傍にいてくれるわけじゃない。私は、そのでたらめな幻想を信じ込めるほどの子供ではない。


どうせ、砂粒みたいに掌から流れていく。コウハイ君だって、単なる砂粒に過ぎない。


でも、体を重ねれば重ねるほど、手放したくない気持ちが大きくなっていく。


私にとってコウハイ君とのセックスは、自分を傷つける行為だ。



「………今更、なにが怖いんですか?」

「え?」

「なにがそんなに怖いんですか、センパイ」

「……………………………………」

「俺の穴、大きくしてあげるって最初に言ってたじゃないですか」



そう言いながら、コウハイ君は自分の肩に当たっていた私の手を握って、ベッドに押し付ける。


段々と目尻に涙が溜まって行くのを感じながら、私は言う。



「……今なら取り返せるから、早く退いて」

「退きません」

「お願い、退いて」

「だから、退きませんってば」



潤っていく視界の端に、コウハイ君の首筋に刻まれた赤い跡が見える。


それは、コウハイ君と私を繋ぐ印だ。コウハイ君が私のモノだということを知らしめる装置だ。


私は、その事実を自分に言い聞かせるために、コウハイ君に跡をつけた。


その時点で、私は間違っているかもしれない。


人は自分のおもちゃに、何度も執着的に自分の物だと印をつけたりしないから。



「5秒あげます。センパイ」

「え?」



唐突な言葉に目を丸くしている私に、コウハイ君は試すように言う。



「センパイは、俺にその言いなり券を使わせたくないんですよね?」

「…………………」

「なら、センパイの方からキスしてみてください」

「………………っ」

「そうなったら、その言いなり券は他の場面で使いますから」



こんな状況で地獄の二択だなんて、鬼としか思えない。どっちに転んでも、私には損しかない。


このまま私がコウハイ君を襲ってしまえば、私は私の手で胸の穴を開けることになるし。


コウハイ君にその権利を使わせてしまえば、私は大事なチャンスを一つ見逃すことになるから。



「5」

「………意地悪、嫌い」

「4」

「大嫌い、本当に……」

「3」

「っ………!」

「2」

「待って!!」



目尻に溜まった涙が枕に零れていく。


それと同時に発した大きな声に、コウハイ君はカウントダウンを止めた。



「一つだけ、質問させて」

「……なんですか?」



コウハイ君の声は相変わらず低くて、私を貪りたいという欲求がありありと表れている。


どっちに転んでも、私は襲われる。


その事実を噛みしめたらもう、決断をするしかない。



「その言いなり券、どんな状況で使うつもりなのか……教えてよ」

「……………」

「大事な場面に使うって、前に言ってたでしょ?だから、教えてよ。どんな場面で使うのか」



人と人の間には、計算しつくせないほどの色々なことが起きる。


大事な場面なんて数多く存在するはずだし、その中で具体的な何かを摘まみ上げることなんてできない。


私は、その事実を知っている。無理な質問を投げかけているし、コウハイ君がこうして言葉に詰まるのも当たり前だ。


でも、私は本当に、その権利が大事な場面で使われて欲しいと願っていて。



「……この家の契約が終わった後にも」



コウハイ君はいつも、私の願いに適切に答えてくれる。



「もう一度、俺と一緒に住んでください」

「………………………………………………」

「3ヶ月経った今、言えることじゃないかもしれませんが」



……確かに、その通りだ。


この家の契約が終わるまでには、まだ1年と9ヶ月も残っている。


そんな遠い未来のことを今から決めつけるなんて、バカげた話だ。その間になにが起こるかも分からないのに。



「………1」



それでも、私は少しだけ体を起こして、自分の唇でコウハイ君の唇を塞ぐ。コウハイ君のカウントダウンを、止まらせる。


短いキスで意思を伝えて、再び枕に頭を預けて、私は言う。



「……取り消しはできないからね?」

「……はい、知ってます」



コウハイ君は私の手首を握っていた手を離して、私を抱きしめてくる。


自由になった私の手も何故か、気づけばコウハイ君の喉に巻かれていた。


ついばむキスが続いて、やがて舌を絡み合わせる熱っぽい何かになっていく。


滑稽な話だとは思うけど。


この瞬間、私は人生で初めて愛という概念がなんなのかを、ちゃんと感じ取ったような気がした。



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アップロードが遅くなってしまって申し訳ありません……!いつもお読みいただきありがとうございます。

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