43話  センパイが作ってくれたチョコ

センパイがキスマークをつけようとすることが多くなった。


俺は、それが別に嫌ではない。いや、俺はもうセンパイになにをされても嫌ではないと感じている。


我慢をさせられるのは辛いけど、仕方がないとも思っている。


そう、俺は性欲よりセンパイの方が大事なのだ。



「できたよ」

「おお………本格的ですね」

「そりゃ、ね」



テーブルに置かれているのは2種類のチョコクッキーと、パンケーキみたいになっているデザート。


クッキーはちょうど一口サイズになっていて、黒と白のクッキーが5個ずつ綺麗に並べられている。


俺は、コーヒーカップの上に立つ湯気をジッと見てから質問を投げた。



「これはなんですか?このケーキみたいなヤツ」

「テリーヌ。ガトーショコラみたいなものデザートらしいよ?」

「らしいって?」

「私も、つい最近知ったことだから」



淡く微笑んでいるセンパイを見て、俺は驚く。


そっか、チョコを作るために調べてくれたのか……ちゃんと誠意が込められているのか。


俺は、手を合わせてから呟く。



「いただきます」

「うん、召し上がれ」



小さなフォークでテリーヌを切って、口に入れてみた。


次に広がるのは、濃厚なチョコの味。ちゃんと俺の好みに合わせてくれたのか、甘さは控えられていてちょっとだけ苦かった。


センパイは、頬杖をついた状態で聞いてくる。



「美味しい?」

「はい、美味しいです」

「よかった」



その言葉を聞いて、センパイも俺と同じようにテリーヌを一口頬張る。


納得したように何度か頷いて、センパイはシロップが入っているカフェラテを飲んだ。



「………………」



センパイは甘党だ。コーヒーだけはよくブラックで飲むけど、デザートは普段から決まって甘いヤツを選んでいる。


でも、このテリーヌは全然甘くなかった。


甘さよりは苦さが浮き彫りになっていて、それはセンパイが俺を気にしてくれたもっともの証拠だった。


ラテに砂糖とシロップを入れていたセンパイの姿を思い出しながら、俺は言う。



「センパイ」

「うん」

「テリーヌ、美味しいですか?」



センパイはしばらく考えた後に、何度か頷いた。



「うん、美味しい」

「ウソじゃないですよね?」

「……ふふっ」



ちょっとだけ間を置いてから投げた質問に、センパイはクスクスと笑う。



「うん。好みの味付けではないけど、ちゃんと美味しいよ」

「……ありがとうございます、センパイ」

「なにが?」

「テリーヌを、苦くしてくれて」

「……コウハイ君のために作ったんだもん。君の味付けに合わせるのが当たり前じゃん」

「俺、センパイのモノじゃないでしたっけ」



もの、という二文字に力を入れたら、センパイは咀嚼する行動を止めて、俺をじっと見てくる。


視線が混ざり合って、数秒くらい経って。


センパイはテリーヌを全部食べた後に、小さな声で呟いた。



「うん。モノだよ、コウハイ君は」

「あはっ」

「なにが可笑しいの?」

「いえ、センパイらしいなと思って」

「…………」

「蹴らないでください。俺が悪かったですから」



そもそも蹴りに力がほとんど入ってなかったけど、センパイが怒っているという意思表明だけはちゃんと感じ取れた。


センパイは相変わらず気に食わなそうな顔で、俺に問いかけてくる。



「コウハイ君は、過去にチョコもらったことある?」

「……まあ、何度か」

「……へぇ」



俺の返事を聞いてどう考えたのか、センパイは面白がるような顔になる。



「告白された経験は?」

「なんでそういうこと聞くんですか」

「生意気だなと思って」

「……ノーコメントで」

「本当、生意気」



なにが生意気なのか分からないけど、センパイは本当に怒ったのか俺の太ももに自分の足を乗せて来た。


テーブルの下に伸びているその足を見てから、俺は顔を上げる。



「お行儀が悪いですよ、センパイ」

「……うん、知ってる」

「なんで怒ってるんですか」

「怒ってない。ちなみに、今まで付き合った経験は?」

「…………………………………………」



これを言うべきかどうか迷っていた時、センパイはもう片方の足まで俺の太ももに乗せて来た。


どうすればいいか分からなくて、俺はとりあえずクッキーを摘まみ上げる。



「美味しいですね、このクッキー」

「…………」

「………付き合ったことはないです。全部振りましたから」

「そっか」



事実を述べたらあっさりと両足が床に戻って、つい失笑を零してしまった。


センパイは俺の反応を確かめてから、急に立ち上がる。



「えっ?」

「じっとしてて」



そして、そのまま俺の首筋にまた嚙みついてきた。


強く吸われて、じりじりとした痛みが広がる。センパイの唇はいつも容赦がない。


鮮明な音が響き渡ったと思ったら、センパイの唇が離れる。


俺はまだひりひりするその部位を指でなぞって、センパイを見上げた。



「さっき、チョコ作ってる時」

「………」

「テレビ見てないで、私のことばっか見てたでしょ?その仕返し」

「………」



困った俺が唇を濡らすと、センパイはまたもや俺の首筋に唇を当ててくる。


さっきマーキングしたところにもう一度キスをしてから、センパイは自分の席に戻った。


平然とした声で、センパイは言った。



「明日には消えるから」

「………」

「どうせ週末でしょ?」



そういう問題じゃないけどな、これ。


モヤモヤについに耐え切れなくなって、俺は言い放つ。



「その権利、使います」

「うん?」

「センパイを言いなりにできる権利、あるじゃないですか。今日の夜に使います」

「………………」



センパイは驚いた顔をして、その次にちょっとだけ顔を赤くしてから言う。



「やだ」



拒否権がないと知っていながらも、センパイは反抗するような声を漏らした。

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