41話 キスマーク
センパイとエッチがしたい。
浅ましくて卑しい願いではあるけど、それだけが本音だった。だって、1ヶ月もしてないのだ。
センパイのような美人と同じ家で暮らしながら、一ヶ月。
平日の方が都合がいい気がする。週末になるとどうしても、一緒にいる時間が増えてしまうから。
センパイはエッチとキスまで拒んでいた。俺は、センパイの意志を最大限に尊重したくて、センパイを襲わなかった。
たぶん、俺はセンパイを大事にしたいと思っている。
「コウハイ君、甘いヤツ苦手だよね?」
「ですね。甘さは控えめにしてくれると助かります」
「分かった。じゃぁ、半々で作らなきゃ」
「はい?」
「私は、甘いの好きだから」
センパイはくすっと笑って、棚に並べられているチョコをジッと見据える。
俺たちは、けっこう久々に買い物に出ていた。
普段の買い物をするのは料理担当の俺だし、お互い一人の時間が必要なので、家を除いたらあまり一緒に行動をしないのだ。
でも、今日はバレンタインデーを控えているからか、珍しくセンパイが買い物に付き合ってくれた。
そして、俺はスマホで真剣に情報を検索しているセンパイを見て、ぼんやりと思う。
「…………」
バレンタインデーを気にする人だとは思わなかった。
クリスマスすら気にしてなかった人なのに、なんで今さら俺にチョコを作る気になったんだろう。
センパイがこの日常をついに受け止めたと解釈した方がいいのか。
それとも、センパイが単に我慢を強いられている俺に申し訳なさを感じているからと解釈した方がいいのか、分からない。
どちらとも合っていて、どちらとも違う気がする。
他の大事な意味があって欲しいと思ってしまうのは、俺がセンパイに染められたからだろう。
「うん、これにしよっか」
「ちなみに、何作るのか聞いてもいいですか?」
「ダメ、それは内緒」
「……バレンタイン当日って、確か週末でしたよね」
「だね。24時間一緒に過ごせるね」
「……………」
そんなセリフを笑顔と共に言える人だったのか、センパイは。
複雑な感情を抱いていると、センパイは俺をジッと見上げてから言って来た。
「普段、コウハイ君にはお世話になってるし」
「………」
「だから、埋め合わせというか……サービスというか。これくらいのことはしてあげなくちゃね」
「急に何のことですか?」
「チョコを作る理由を言っているんだよ、私は」
「……んで、それだけですか?」
さっき疑問に思っていた内容を摘まみ上げて、そのままセンパイに送る。
センパイはぎょっとした眼差しで、俺を見つめていた。
「それだけですかって、どういうこと?」
「……チョコ以外の、別の何かはないんですよね?」
「ああ~~そういうこと。うん、チョコ以外の別のサービスはないかな」
俺の言葉の意味を汲んだらしく、すぐに茶目っ気な表情になった。
でも、違った。俺は本心ではこう言いたかった。
それだけじゃなくて、チョコを作る行為に他の別の意味はないんですかと。
でも、この質問はあまりにも野暮で危険すぎて、雰囲気を台無しにする質問だ。今の段階で聞いていいような内容じゃない。
だから、言い回しをした。それくらいしか方法がなかったから。
「さぁ、帰ろっか」
「………」
センパイはすぐに背を向けて、堂々とレジに向かう。
俺は呆れながらその後ろに付いて行って、センパイと半分ずつ荷物を持って帰宅した。
そして、冷蔵庫にある程度の食材を詰めた瞬間。
「コウハイ君」
「はい」
「私は、君とエッチしたくないよ」
思いっきり強い言葉を叩かれてしまって。
俺は顔をしかめて、センパイを見つめる。
「理由、聞いてもいいですか?」
「……コウハイ君はもう知ってるよ?」
「言葉にしてくれないと分からないんですが」
「ううん、コウハイ君は知ってるよ?私が、君とのエッチを避けている理由」
「…………………」
俺との時間を長引かせたいから。
俺との日常を大事に思っているから、センパイはエッチを拒んでいる。
肌を重ねると否応なしに、距離が近づいて心臓に火が付いちゃうから。
「だから、キスもできないよ。本当にごめんね」
「……センパイ」
「なに?」
「仮初の時間を嫌うんじゃないんでしたっけ」
「……そこまでにしなよ。それ以上問いただしたら、嫌」
「……………」
でも、センパイだって知っている。エッチとキスは永遠に避けられることじゃない。
その瞬間が今じゃないだけだ。漂っている日常の中でも勝手に火は付いちゃうし、距離も勝手に縮まる。
俺たちはもう、そんな風にお互いを認識していて、これは止めたくても止められない流れみたいなものだ。
その流れに逆らうためにエッチを我慢しているところは、実にセンパイらしいとも言えるだろう。
でも、俺のシャツを借りてオナニーをしている辺り、センパイも大概意味不明だなと思う。
「……分かった」
「はい?」
「サービスしてあげる。ほら、身を屈んで?」
目を丸くしながらも言われた通りに身を屈めると、すぐにセンパイは俺に抱きついてきた。
いや、嚙みついてきた。俺の首筋に、歯は立てずに、ただ唇を寄せて音が出るほど強く吸ってきた。
鋭くて熱い痛みと次に、この行為を示す言葉が浮かび上がる。キスマークだ。
今のセンパイの気持ちが100%込められている、我儘な行為だ。
「……これがサービスなんですか?俺に対しての?」
「コウハイ君も」
「はい?」
「コウハイ君も、つけていいよ。私にキスマーク」
「……………………………」
……この人は。
キスとセックスさえしなければ、前に進む列車が勝手に止まるとでも思っているんだろうか。
あまりにも本気が滲んだ顔でそんなことを言ったら、どう返したらいいか分からない。
センパイに、俺がキスマークか。あり得ない気がする。そう、ありえない。
俺はセンパイを支配して所有したいんじゃない。
センパイは、たぶん違うと思うけど。
「やめておきます」
「……なんで?」
「痛いじゃないですか、センパイが」
センパイは俺の返事が気に食わなかったのか、すぐにまた噛みついてくる。
キスはしてくれないくせに、キスマークだけは丁寧につけている。強く吸い続けて、俺を自分の物にしようとしている。
「センパイ」
「うん」
4回目のキスマークを付けられる前に、俺はボソッと呟いた。
「前に、言ってくれたじゃないですか。勝負に勝ったから、センパイを言いなりにすることができるって」
「………………うん」
「それ、今すぐエッチしたいですと言えばどうなりますか?」
「………………もったいないよ、きっと」
センパイは熱い吐息を零してから、囁く。
「エッチの快楽は一瞬で消えるから」
「…………」
そっか。
センパイは本当に、大事な場面でその権利を使われたいのか。
もうキスマークなんか付けなくても、俺に束縛される気満々じゃないか。
密かにそう思っている俺を懲らしめるように、センパイの唇がまた首筋に寄せられた。
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