36話 私はコウハイ君を嫌いだと言えば言うほど好きになって行く
肌を重ねる行為は危険だ。
熱が混ざり合って快楽を分かち合えば、嫌でも何かが残ってしまう。
世の中には体の関係と心を潔く切り離せる人もいるかもしれないけど、どうやら私には当てはまらない例えらしい。
私は、コウハイ君に縛られている。これは間違いのない事実で、私がずっと否定したかった事実だ。
だから、セックスをしなければ、キスをしなければその束縛から解放されると思っていた。
だから、コウハイ君を拒んでこの小さいホテルの部屋まで逃げて来たのだ。
「………………つまんない」
なのに、ちっとも面白くならない。
1週間というタイムリミットがあるからか、もしくはコウハイ君に侵食され過ぎたからかは分からないけど。
なにもかも、つまらなかった。
家出をして2日、私はその間にお酒を飲みながら映画を見ていた。
本を読んで、スマホで動画を見て、オナニーもして、同棲する前のように生きていた。
私に馴染んだ私の生き方で、ちゃんと時間を過ごしている。有意義とは言えなくても、暇つぶしくらいにはなるはずだった。
なのに、思考の端っこでずっとコウハイ君が入り浸っている。何もかも、コウハイ君に繋がっている。
映画はずっと二人で一緒に見て来たし、本を読めば互いに感想を交わし合うことも多かった。
そして、一番キツイのはなによりもオナニー。
ちっとも満足できなくて、コウハイ君の息遣いとか汗とか、キスする時の感触とか、そういうものばかり思い出されて益々嫌になる。
「…………………」
消せない。これを、私は消せない。やっぱり1週間はあまりにも短すぎる。
もっと時間が必要だった。1年、いや2年……5年は必要だった。
コウハイ君をまるごと消して、完璧な自分自身に戻るためにはそれしか方法がなかった。
なんで、一週間って言ってたんだろう。
もちろん、財布とコウハイ君が許してくれる最大限の期間を口にしたつもりだったけど。
でも、一週間じゃ何も変えられない。
『一緒にいたいです、センパイ』
「…………………………」
『だから、帰ってきてくれると嬉しいです』
あの言葉に抗うほどの心を、たった一週間で取り繕うなんて。
そんな神技、私にはできない。コウハイ君と一緒に住んでから気づいたことだけど、私は弱い。
強いと、孤独に耐え抜けると思い込んでいた子供だった。結局、私も誰かが欲しかったのだ。
10年が経っても未だに忘れられない親友の死が、それを証明してくれている。
コウハイ君に溶かされる私の姿が、その裏返しだ。
「………………………嫌い」
嫌いになるための嫌いを口にしながら、もう一度お酒を呷る。
私は知っている。端から知っていた。
私がコウハイ君を嫌いだと言えば言うほど、私はコウハイ君のことが好きになって行く。
抵抗すればするほどコウハイ君が刻まれて、洗い流せない跡が私の心につけられる。
この家出に意味はあるのかと思いつつ、私はアルコールでそんな思考から逃げる。
コウハイ君が、永遠に私の傍にいてくれるはずがない。
そこまで考えついた瞬間、私のスマホが鳴り出す。
またコウハイ君か、と顔をしかめていた次の瞬間。
私の目は、大きく見開かれる。
「…………………………はっ」
差出人は、父親だった。
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