27話 新年の目標
年を明けても、俺たちの日常は変わらない。
休日が終わったらいつものように出社するし、いつものように職場の人たちと話をする。
そして、仲のいい同期と一緒にラーメン屋に行った時。
「今年は絶対に腹筋割ってみせるぞ!!」
「へぇ」
新年の目標を高く掲げている姿を見て、俺は素直に感心した。
「なんで急に腹筋?見せたい相手でもいるのかよ」
「いや~~いねーんだよな。でも、今年は絶対に彼女作りたいんだよ」
「彼女か……」
「ていうか、そっちはどうなんだよ。例の先輩との同棲、上手く行ってんのか?」
「あはっ」
他人の口から先輩、という言葉を聞かれるのは割と新鮮だったから、つい笑ってしまう。
そういえば、こいつには前に話したことあったよな。たまたま恋愛の話が出てたから。
「まあ、上手く行ってるってことでいいんじゃないかな」
「なんだよ~~その曖昧な表現は」
「いや、でも本当に曖昧だからな……あの人」
でも、上手く行っているという言葉に間違いはないと思う。
センパイが俺と一緒にいたいという気持ちを直接的に届けてくれたのは、初めてだった。その気持ちは、ちゃんと本物だった。
そして、俺はさほどセンパイに嫌われていないことを知っている。
好かれてはいないにしても、嫌われてはいない。
これくらいなら、上手く行ってると断言してもいいだろう。
「ふうん、ならお前の新年の目標はそれでいいんじゃないか?」
「うん?」
「そのセンパイと付き合うってことで、いいんじゃないかってことだよ」
「あ………」
俺は言葉を濁して、目の前に置かれている家系ラーメンに集中した。
付き合う、か。なんだか俺たちには似ても似つかない言葉のような気がする。
今のところは、そうとしか感じられなかった。
「新年の目標?」
「はい、センパイはなんかありますか?」
いつも通り夕食を食べて、買ってきたドーナツと共に行われるティータイムの中。
その質問を投げたら、センパイは可笑しそうな表情で言った。
「私、目標とか目的とか持ったことない人間だから」
「ですよね~」
「……なんですぐ納得するのかな?」
「蹴らないでください。痛いんで」
けっこう力が入っている膝蹴りだった。テーブルの下で見えないように蹴られたんだから、なおさら質が悪い。
俺はセンパイの機嫌を取るために、言葉を付け足した。
「まあ、センパイって感じがしましたからね。解釈一致というか」
「ぶぅ………コウハイ君がまた私をいじめてる……」
「はいはい、ごめんなさい。さっきはちょっと生意気すぎました」
「ぷふっ、分かったのならよし。コウハイ君こそどうなの?」
「はい?」
「目標とか、ちゃんとあるの?」
「…………」
言葉が詰まって、なにも言えなくなってしまう。なにせ、俺もセンパイとほぼ同じなのだ。
俺も目的とか、高い目標とかなしにただ流されるだけの人生を送って来た。
人生でなにかを主体的にやろうとしたことなんてないし、そう生きなければならないという不安も抱いたこともない。
ただ、心に何とも言えない穴を抱えたまま生きて来たと思う。
何かが入り込んだと思ったら、その穴ですべてがすり抜けて行った。
「ないですね、普通に」
「ふうん」
「なんでセンパイが嬉しそうなんですか」
「コウハイ君のこと、ちょっとだけ好きになったかも」
「相変わらず意味不明なセンパイだな~~」
「ただいまめっちゃ嫌いになった」
「あはっ、まあ……ですね。センパイと同じなんですよ、俺も。目標とか目的とか、あまり持ったことないんで」
素直な心を打ち明かすと、センパイは本当にサラッと。
ちゃんと集中しなければ消え去るほどの声量で、言って来た。
「彼女作ればいいじゃん、コウハイ君」
「……………」
「…………料理もできて、性格も優しくて、セックス上手で、見た目も悪くなくて。スパダリじゃん、コウハイ君」
「…………………」
……同居人に恋愛を勧められる瞬間が来るとは、思わなかったけど。
俺は、ブレンドコーヒーを一口啜ってから答えた。
「たぶん……いえ、間違いなく、そんなことは起こらないと思います」
「なんで?」
「上っ面だけじゃ、人の欠陥を見つけることはできませんからね」
俺は、人として欠陥品だ。
それをよく知っているし、その事実を当たり前のように受け入れて来た。
だから、俺が他の人たちのように真面目で素敵な恋愛ができるとは思えない。
今、センパイと一緒にいる時間がその事実を証明している。
だって、センパイも。
「……ふふっ」
「なんで笑うんですか?」
「同じだな、と思って」
俺と同類の、心臓の欠陥を抱えている人間だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます