23話  初詣

初詣に行くなんて、いつの日以来だろう。


少なくとも中学生の時以来に行くことがなかったから、神社に入るのは割と新鮮だった。


隣にセンパイがいるからこそ、なおさら。



「コウハイ君は毎年来てたの?初詣」

「いえ、十数年ぶりですね」

「ふうん、そっか」

「センパイは?」

「高校の時に一度だけ」



それから、センパイは流れるように言った。



「今は死んだ、昔の親友と一緒に来てたの」

「…………」

「ふふっ」

「人を困らせるの好きすぎじゃないですか?」

「人を、じゃないよ?コウハイ君を困らせるのが好きなの」

「……いい人でしたか?その親友さんは」

「うん」



センパイはコートのポケットに両手を入れてから、ごくごくと頷く。



「本当に、最高の友達だったよ」

「なら、よかったです」



ひねくれ者のセンパイがここまで言う人だ。すごく、いい人だったのだろう。


1月1日の神社には人が多かった。中には家族連れや恋人同士に見える人たちもいて、みんな楽しそうにしている。


傍から見れば、俺たちの関係はどう映るのだろう。


恋人みたいに映ると困るなと思いつつ、俺は親指で境内を指さした。



「お参りをした経験は?」

「バカにしてるよね?コウハイ君」

「あるんですね。じゃ、行きますか」

「……帰ったら承知しないからね?」

「楽しみにしておきます」



人だかりを潜り抜け、長い列に並んだ後。


俺たちはようやく、賽銭箱の前に立つことができた。


俺はさっそく財布から500円玉を取り出し、賽銭箱に入れる。センパイも俺と同じ行動を取ってから、先に両手を合わせる。


目をつぶって、俺は考える。さて、なにを祈るべきだろう。


正直に言えば、祈りたいことなんてあまりなかった。


俺は別に会社での昇進欲求があるわけでもないし、恋愛についてもあまり興味がない。


物欲が多いわけでもなければ、切実に何かを願ったことさえなかった。


曖昧に漂っている、静寂な水面に浮かんでいるいかだ。それが俺で、俺の人生だった。



「………………」



でも、あえて願うとするなら。


俺は、センパイのことを願わなければならない。


だから、唱える。心の中で何度も、願いを轟かせる。


この人に、幸せが訪れますようにと。安静が訪れますようにと。


目を開けたら、センパイが俺をジッと見つめていた。



「……行こっか」

「はい」



再び人がごったかえすところに戻ったら、センパイはさっそく質問を投げて来た。



「何を祈ったの?」

「はい?」

「けっこう、真剣に祈ってるように見えたけど」



……あはっ。


そっか、俺は真剣に祈っていたのか。



「センパイは?」

「先に私の質問に答えなさい。この生意気コウハイ君」

「願い事を口に出すと、叶わないんじゃないでしたっけ」

「コウハイ君って、そういうのを信じる人だったの?」



センパイは面白そうに微笑みながら、相変わらず俺を見上げてくる。


綺麗な黒髪に、燃えるような赤い瞳。ベージュ色のコートに白のセーター。


その上で明るいデニムパンツを組み合わせているセンパイは、綺麗だった。美人という言葉が本当によく当てはまる人だった。


分からない。なんでこんな人が俺と一緒に住んでいるのか。なんで今も俺の隣にいるのか、未だに分からない。



「センパイのことを祈ってました」

「………内容は?」

「幸せが訪れますようにと、祈ってましたね」



センパイは、その言葉を噛みしめるような沈黙を保つ。


それから、ゆっくりと俺の首筋に手を伸ばしてきた。



「幸せなんて必要ないの」

「そうですか」

「うん。そんな人間だからね、私は」



そして、センパイは俺の首筋のあるところを撫でさする。


昨日、センパイが残した赤い跡はやはりと言うべきか、消えてはいない。



「でも、奇遇だね。コウハイ君」

「なにがですか?」

「私も願い事はそれと真逆だったからね」



センパイは手を引っ込めて、首を傾げながら言う。



「私は、君が私で不幸になって欲しいと願ったの」

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