新年

22話  私のコウハイ君は生意気すぎる

大晦日になって、世の中はよりいっそう活気に満ち溢れていた。


テレビの中では二年参りに行った人たちが映っていて、新たな年を迎えるための準備をしている。


私は片目でそれを確認しながら、年越しそばを作っているコウハイ君の後姿に目を向けた。



『いつも通りでいいんじゃない?私は全然OKなんだけど』

『いや、俺が作りたいだけですから。センパイはゆっくりしていてください』



ちょうど30分前に交わした会話の内容を思い出しながら、私は苦笑を零す。


ゆっくりしていられるわけがないのに……ひどいな、コウハイ君。


こんな風に無条件な優しさを浴びられ続けると、別れる時がもっと苦しくなるのに。



「…………」



私はコウハイ君の背中を見つめながら、前に言った言葉を反芻する。


私は、負けを認めてたった一度だけ、コウハイ君の言いなりになると言った。


そして、その権利を大事な場面で使って欲しいとも付け加えた。


その言葉にウソはない。コウハイ君の言いなりになるのは不本意だけど、勝負は勝負だ。


それに、私はちゃんと大事な場面で、その権利を押し付けられたいと思っている。


コウハイ君と私との関係が大きく揺らごうとする、正にその時に。



「はい、できました。年越しそば」

「わ~い。ありがとう」



コウハイ君は完成したお料理を食卓に並べ、私はお箸やおかずを取ってくる。


私たちはお互いを見つめ合って、両手を合わせていただきますと言う。


今まで何十回もやってきた行為で、これからもまた何十回もやっていく行為。


その小さな粉雪が積もれば積もるほど、私は摩耗されていく。心がコウハイ君によってすり減らされていく。


私はもう、コウハイ君のいない生活を上手く思い出せない。


20年以上も生きて来た過去が色褪せてしまった。この一ヶ月があまりにも、眩しすぎた。



「美味しいね」

「なら、よかったです」



エビフライとネギ、かまぼこが上に盛りつけられている、ごく普通の年越しそば。


でも、美味しかった。味付けは絶妙で、実家にいるような安定感を与えてくれるような味。


まあ、実家の味なんて知らないけど。


とにかく、年越しそばなんて今まで食べたことなかったから、なおさら美味しく感じられた。



「美味しいですか?」

「うん、すごく」

「なら、よかったです」



……いつの間にか、コウハイ君は私のために料理の味付けを薄くしてくれるようになった。


初めてはこんな味じゃなかった。もっとしょっぱくて、刺激的で、正に20代の男性が好むような味付けだった。


でも、それを私のために変えてくれた。自分の好みを捻じ曲げて、私に合わせてくれて。


私はそれが好きで、嫌いだ。



「お正月はなにする予定ですか?」

「いつものように家にくつろぐかも」

「普段と全く変わらないんですね」

「うるさいな………コウハイ君は?」

「俺も、ずっと家にいると思います」

「友達とかに会ったりしないの?」

「正月はちょっとゆっくりしたいので。センパイこそ、どうなんですか?」

「うん?」

「センパイこそ、友達に会ったりしないんですか?」



私はエビフライをモグモグしながら、少しだけ眉をひそめる。



「私、友達いないもん」

「へぇ、なるほど」

「………なんで今納得したの?」

「さて、なんのことだか分かりませんが」

「………今年は絶対にエッチしてあげない」

「ああ~~分かりました、分かりましたから!!ウソついてごめんなさい!」

「ふん」



唇を尖らせていると、コウハイ君は仕方ないと言わんばかりの顔を浮かべる。


さっきいじられたせいで、せっかくの年越しそばの味がよく分からない。


本当に、意地悪なコウハイ君なんか大嫌いだ。



「……俺が悪かったんですから、機嫌直してください。センパイ」

「知らない。もう二度と口聞いてあげない」

「……あはっ」



お互い食事を終えた後、いつものようにお皿を洗おうとした私に向かって。


コウハイ君は言ってきた。



「センパイ」

「やだ」

「明日、初詣に行きませんか?歩いて20分くらいの距離に、神社があるらしいんですけど」

「やだ」

「行くんですよね?じゃ、準備しておきます」

「……………………………」



私は露骨に目を細めて、コウハイ君に振り返る。


最近のコウハイ君は本当に、生意気過ぎる。



「こっちきて」

「はい」



泡が付いている手でコウハイ君をおびき寄せて、私の前に立たせる。


そのまま、私はコウハイ君の首筋に噛みついた。柔らかい肌を、強く吸った。


コウハイ君は予想していたとばかりに、動かなかった。



「……ふぅ」

「……機嫌、直してくれましたか?」

「知らない」



ちゃんと首のあたりが赤くなっているのを確認しながら、私はシンクに視線を戻す。


あれくらいの跡なら、たぶん明日になっても消えない。


服では隠せない位置につけたから、都合もいい。



「アイスとブレンド、どちらがいいですか?」

「……ブレンド」

「はい」



コウハイ君は笑いながら、棚の上にあるコーヒー豆を取り出した。

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