21話  二度と勝負なんかしない

「……んぁ」



全身がべたべたして、右の腕はセンパイに抱きつかれていて、疲労はまだ残っている。


明らかに言って、目覚めがいいわけじゃない。それでも、俺はテーブルに手を差し伸べて時間を確認した。


午後の一時だった。なるほど、昨日最後に確認した時間が4時半だったから、そのまま寝落ちして……。



「センパイ」

「くぅ……くぅ」

「起きてますよね?妙に腕に力入れてるじゃないですか」

「……コウハイ君なんか嫌い」



一晩中エッチした相手によくも嫌いって言えるな、このセンパイは。


苦笑を零しつつ、俺は上半身を起こして腕に絡まれているセンパイの手をトントン、と叩く。



「シャワー浴びたいんで、これ離してください」

「やだ」

「……こんなに甘えん坊でしたっけ」

「ううん、コウハイ君に意地悪したいだけ」

「意地悪は昨日もされた気がしますけど」

「コウハイ君がもっと意地悪だったからね?昨日の私……って、いったぁ~!」



センパイも俺と同じく起きようとしたところで、急に変な声を上げてまたドン、とベッドに倒れてしまった。


……筋肉痛なんだろう、たぶん。



「……腰砕けるかと思った。責任取ってよ」

「俺、そんなに優しい人間じゃないんで」

「だね。昨日のコウハイ君、本当にケダモノだったし」

「朝っぱらから生々しい話はやめてくださいよ、マジで」

「ヤっていた時にさ、なんでそんなにイラついてたの?ちゃんとした理由が聞きたいんだけど」

「センパイが俺をいじめるからですよ、きっと」



俺はサラッとベッドから抜け出して、寝ころんでいるセンパイの肩をトントンと叩いた。



「じゃ、俺はシャワー浴びてくるんで」

「………コウハイ君嫌い」

「俺も………」



俺もセンパイのことは嫌いですよ、とさりげなく返したかった。


でも、その途中で喉がつっかえて、何も言えなくなる。当たり前だ。


センパイのことが嫌いだなんて、ウソでも言いたくはないから。



「いや、違いますね。俺はセンパイのこと、嫌いじゃないです」

「……さっき、もっと嫌いになった」

「お昼なに食べます?選んでもいいですよ」

「ピザ」

「ウーバーで?」

「うん」

「じゃ、お願いします」



俺は自分のスマホのロックを解除して、そのままセンパイに渡した。


センパイは俺のスマホをジッと見てから、ぷふっと急に噴き出す。



「コウハイ君」

「はい」

「やっぱ、君は優しすぎ」

「…………行ってきます。あ、サイドメニューにパスタもお願いしますね」

「うん、行ってらっしゃい」



パンツ一枚の姿のまま、俺はバスルームに向かう。


それから洗面台でタオルを取って、自分の姿を鏡で確かめた瞬間―――俺は、失笑するしかなくなった。



「うわぁ………ひっでぇ」



首筋や肩に数えきれないほど残った、赤い跡。


センパイが執着的に吸い付いたそこには昨日の惨状が書かれていて、俺は舌を巻く。


そういや、ずっと抱きつかれながらキスされた気がする。快感が強すぎて、その瞬間には痛みとか感じられなかったけど。


こんな体を見てしまうと、嫌でも分からされる。セックスをしていた瞬間だけは、俺はセンパイのものだった。


そして、センパイも俺のものだった。


人間は執着して、絆されていない相手にこんなキスマークなんかつけない。


センパイが俺をものにすればするほど、センパイも俺をものになっていく。


今回のエッチで、その事実に気づいた。



「………二度と勝負なんかしてたまるか」



ため息をこぼして、俺はバスルームに入った。

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