19話 2年は無理だ
誰かと一緒に年を越すのは、今回が初めてかもしれない。
隣に眠っているセンパイを見てると、ふとそんな事実を思い出した。
センパイは俺にもたれかかったまま、いつもの掴みどころのない仕草とは真逆の、純粋な寝顔を見せている。
「んん………ん……」
試しに頬を少しつついてみたら、俺の肩にもっと頬をぐりぐりしてきた。まあ、寝てることでいいだろう。
たぶん、ドラマを見ている最中に寝落ちしたんだと思う。全く気付かなかった。
ていうか、カフェインも入ってるのにどうやって寝てるの、この人?
「無防備すぎじゃないですか、センパイ」
「すぅ……すぅ……」
「………」
仕方がない。
俺は、センパイを起こさないように気を付けながら体を動かして、センパイが俺の膝に乗っかるようにした。
でも、その反動のせいか、センパイは微かに目を開けてこちらを見上げてくる。
「……コウハイ君」
「寝てもいいですよ。後で起こしますから」
「……ふふっ」
センパイはいつも通りに笑いながら、またもや目をつぶる。
「ありがとう」
「はい」
……寝かせたのはいいけど、やることがないな。
ドラマを見るには音がうるさすぎるし、映画もまた然り。
本を取ってくるにはセンパイを起こさなければならないし、スマホも部屋の中だ。
自然と、俺はセンパイにだけ集中するようになる。
薄暗くて静かなリビングの中、センパイの息遣いだけが漂う。
「……………」
どんどん、重なっていく。
俺が味わったことのない思い出も、感情も、センパイの表情もどんどん、俺の中に積もっていく。
それが嫌だと思う自分がいて、嫌だとは思わない自分がいる。
10年後の俺がこの瞬間を振り返ったら、どう思うだろう。
あの時の俺は、今見ているこの景色にちゃんと、色があると言えるのだろうか。
「………」
やることがなくて、天井を仰ぐ。
センパイが眠っている間には会話する人もなくて、つまらない。
そう、つまらないと思っている自分がいる。
いつも一人だった俺が、誰かと話さないのに惜しいという気持ちを抱いてしまっている。
それくらい、俺はセンパイに絆されている。センパイに染められている。
センパイはどうなんだろうか。俺は、センパイについてあまり知らない。
「センパイ」
「…………………」
「起きてますか?」
質問に帰ってくるのは、ただの寝息。
起きているなら起きていると答える人だから、気持ちが聞かれる心配はない。
俺は、ぼそっと言ってみる。
「ありがとうございます、センパイ」
「………………」
「俺、たぶん幸せなんだと思います。これが……たぶん、幸せだと思います」
今まで、幸せだなんて感じたことはなかった。
いつも霧の中を歩いていたような、ぼんやりとした人生だった。
その霧の中で偶然センパイと出会って、すぐにセックスをして、気づいたらセフレになって。
それからは、毎日がそれなりに楽しくなった。前よりずっと、笑うことが増えた。
それは、センパイも同じような気がする。
「だから、センパイ」
俺はセンパイの髪を撫でながら、大事なことを口にする。
「たぶん、2年は無理だと思います。そのずっと前に……きっと俺たちは破綻すると思います」
まだ、俺たちは一緒に住んでから一ヶ月も経っていない。
それでも、俺は確信することができた。
センパイがほのかに望んでいる俺たちの行き先と、俺がほのかに望んでいる行き先は違う。
俺はたぶん、このままセンパイとずっと一緒にいたいと思っている。
そして、センパイはきっとそれを望まない。俺たちの関係は結局、破局を迎える。
「だから、おめでとうございます」
穴を大きくするって約束は、既に果たされましたよ、センパイ。
俺の穴は今も、前と比べないほど大きくなっていますから。
「……」
センパイは、ただただ無邪気な寝顔を見せるだけだった。
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