18話 私のコウハイ君のブランケット
気分がいい。
コウハイ君を弄んでいるような感覚が気持ち良すぎて、笑顔が止まらない。
この嬉しさも、別れる時の悲しさになって戻ってくると思ったら、心臓が千切れそうになる。
それでも、今はこれで十分だった。
いつも無表情でクールなコウハイ君をいじって、悶々とする反応を眺めること。
それだけで、今は十分だった。
「映画でも見ようか」
「……ですね」
コウハイ君は、さっきから不自然に私から目を逸らしている。たぶん、この服装のせいだろう。
下になにも履いていないように見えるから、なおさら意識させられるのだ。私の肌の柔らかさを、コウハイ君は知っているから。
私は、あくまでコウハイ君に寄り添いながら、でも肌には触れない程度の距離を保つ。
早く、コウハイ君が負けて欲しかった。
正直に言うと、私もヤりたいから。
「今日はエッチなもの見ようか」
「……センパイって変態ですよね」
「君ほどじゃないからね?」
「ブランケット持ってきます」
「私、使わないよ?」
「いや、使ってください」
珍しく命令口調だから目を丸くしていると、コウハイ君は立ち上がって私に振り向いてきた。
「……お願いですから、使ってください」
「…………………」
「いくらなんでも、その恰好は寒いじゃないですか」
それだけ言い残して、コウハイ君は自分の部屋に向かう。
リビングのソファーに残された私はお願い、という言葉を反芻しながらふうとため息をつく。
あんな言葉を出されたら、断るわけにもいかない。
それに、寒いという言葉もある程度は事実だった。暖房はつけているけど、ソファーはまだ冷たいから。
未だに雪が降っている窓の外を眺めていると、コウハイ君はすぐに戻ってきて、私の隣に腰かけた。
「あっ、ちょっ……」
「…………」
「……ぷふっ」
そして、コウハイ君は私の太ももを完全に隠すようにブランケットをかけてくれた。
あまりにも意図が分かりやすい行動に、私はつい笑ってしまう。
「コウハイ君って」
「はい」
「可愛いよね、けっこう」
「……………」
「いいことを教わったな。ありがとう」
「……どういたしまして」
何かを言いたげな表情だったけど、コウハイ君は短く答えてリモコンを操作し始める。
前に一緒に見たドラマがテレビに流れ出て、今度こそ私はぷふっと噴き出してしまった。
「エッチなものじゃないんだ?」
「……それ以上やったら本当に襲いますからね」
「だから、言ってるじゃん。早く襲ってって」
「センパイってこんなに意地悪でしたっけ」
「私も知らなかったよ?昨日までは全然知らなかった」
「……ドラマ見ましょうか」
「はい、はい」
座ったまま膝を立てると、ブランケットに染みた匂いがより鮮明になる。
コウハイ君の匂いだ。
正確にはコウハイ君の部屋の匂いだけど、コウハイ君の匂いと言っても差し支えないだろう。
そして、私はその匂いが嫌いじゃなかった。
「コウハイ君」
「はい」
「ブランケット、私の部屋にあるものを持ってきてくれないかな?」
「匂いますか?そのブランケット」
「匂うね。臭くはないけど」
「へぇ」
コウハイ君はくすっと笑ってから、次の言葉を続ける。
「なら、そのまま使ってください。不愉快じゃないなら」
「…………」
「俺もたまにはセンパイをいじってもいいじゃないですか」
「コウハイがセンパイをいじるなんて、あってはいけないんじゃない?」
「あってもいいと思います。俺は」
「…………………」
生意気だなと思いつつも、別にいいかと思ってしまう。なにせ、先に挑発したのはこっちの方だから。
あえて際どい格好に着替えて、コウハイ君の膝の上に足を乗せて、さんざんいじり倒していたから。
だから、今回だけはコウハイ君の要求を呑むことにした。別に、この匂いが好きだからとかじゃない。
そもそも、そんなことはあってはならないことだ。
「コウハイ君」
「はい」
「コーヒー、飲みたくなってきたかも」
そう言いながら、私はコウハイ君の肩にもたれかかる。
広い肩に頭を乗せて、私は目の前に流れるテレビ画面に集中する。
「ボディータッチ禁止」
「いいじゃん、これくらい」
「……コーヒーは30分後に用意します」
「やった」
暖かいのはエアコンのせいだ。コウハイ君のブランケットを使っているからじゃなく、エアコンのおかげだ。
反射的にそう思ってしまう私を見つけて、失笑を零してしまう。何言ってるの、私。
今の私が暖かいのはコウハイ君のおかげだって、ちゃんと分かっているのに。
……ああ、やっぱり私は、傷つくのが怖いらしい。
やっぱり私は、いつまで経っても一人ぼっちな子供だ。
「次はアイスじゃなくて、暖かいのにして」
「はい」
コウハイ君と一緒に見たドラマは、面白かった。
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お読みいただきありがとうございます!
これからの更新時間は毎日の12:35、20:15にしていきたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します。
それでは皆様、良い一日を。
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