17話 センパイは痴女ですか
……キスをするべきじゃなかった。
後悔しても、今となってはもう遅い。いつも通りセンパイがお皿洗いをしている姿を眺めながら、俺は後ろ頭を掻く。
本当に、なんで勝負なんか仕掛けたんだろう。
センパイの意地悪にムッとしたから?もしくはクリスマスにウソをついてエッチしてくれなかった恨みで?
どちらも合っているようで、どちらも合っていない気がする。
「……ふぅ」
思考を巡らせようとしても、さっきの唇の感触を思い出すと頭が動かない。
これを三日も続けなきゃいけないのか。こりゃ、しんどいな。
『……三日くらい経ったら、適当に負けるか』
テーブルでセンパイが飲む用のコーヒーを用意しながら、そんなことを思う。
優しいセンパイは、俺が本気で嫌がるようなことを要求したりしないはずだ。
突飛で、衝動的で、覚束ない人間ではあるけど、あの人は基本的にいい人だ。
そんなセンパイだから、一緒に住む気になったと思う。
そんなセンパイだから、別れる時には苦しくなると思う。
「コウハイ君」
「はい」
コーヒーとクッキーの準備が終わったところで、洗浄を終えた先輩が言う。
「私、ちょっと部屋に行ってくるね。5分だけ待ってて」
「?」
「ふふっ」
……なんだろう、嫌な予感しかしないけど。
そして、その嫌な予感はあまりにも的確に当たってしまった。
「じゃじゃ~ん」
「………………………」
「ふふん」
「…………センパイって痴女でしたっけ」
「コウハイ君の変態が映っちゃったんだよ。まあ、それでも私は変態じゃないけど」
部屋で何をしているのかと思ったら、出て来たのはショートパンツ姿の先輩だった。
さすがに冬場だから上はちゃんとだぼっとしたベージュのパーカーを着ているけど、下は真っ白なショートパンツ。
でも、上に来ているヤツがオーバーサイズなおかげで、下にはほぼ何も着ていないように見えてしまう。
自然と、センパイの足の長さとか、艶やかな肌とかが浮き彫りになる。
俺は下の唇を噛んで、センパイを見つめた。
「どうしたの?」
「……なんでもないです」
「なんでもないわけないよね?ふふっ」
……こんな姿をお見せしながら変態じゃないなんて、説得力なさすぎだろ。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
極力下半身には目を向けないようにして、俺は平然なふりをする。
センパイは淡く笑いながらあえて歩調を緩めて、ゆっくりと着席する。
さすがに、テーブルに座っている状態だと上しか見えない。胸を撫で下ろして、クッキーを一個取り上げたところで。
太ももに、何かを乗せられた感覚がした。
「…………センパイ?」
「うん?」
「ボディータッチ禁止なんですけど」
「これってボディータッチの類に入るの?」
「太ももに足を乗せられたんですから、当たり前じゃないですか」
「ケチだな、コウハイ君は」
「センパイが大雑把すぎるだけですよ、きっと」
ブレンドコーヒーをすすって、俺は目を細めてセンパイを睨む。
もはや開き直って両足を俺の膝の上に乗せているセンパイは、楽しそうにニヤニヤするだけだった。
「そんなに勝ちたいんですか?」
「うん、勝ちたいかも」
「……なんで?」
「最近のコウハイ君が生意気すぎるから」
「最近のセンパイも俺に負けないくらい意味不明でしたけど」
「……服越しだから、足であそこ触るのもありだよね?」
「センパイ、俺とエッチしたいんですよね?」
「うるさい」
今度はセンパイが怒る場面だった。
そんなにありのままの反応をされるとは思わなかったから、つい笑ってしまう。
「コウハイ君」
「はい」
「私に負ける気はない?」
「10分前まではありましたけど、今はもうないですね」
「やだ、私にどんな命令させようとしてるの~?このスケベ」
「絶対に負けませんから」
少しだけやけになった口調を返すと、センパイは舌をペコっと出してから挑発するような眼差しを送ってくる。
「コウハイ君」
「はい」
「私に負けて?」
「それは、お願いですか?」
「ううん、命令」
「俺、人間じゃないんですよね」
「うん、コウハイ君はものなの」
センパイは相変わらず足を乗せたまま、しれっと言ってくる。
「あくまで私のもの、だけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます