勝負
16話 私のコウハイ君との、くだらない勝負
大事じゃないわけじゃないから。
その言葉に、今年の年末をすべて奪われた気がする。大事じゃないわけじゃないから。
あんなにあっさりと価値を認められてしまって、心が動じないわけがない。
ほのかな思いは言葉という輪郭を得た瞬間に、とてつもない破壊力を持って私に押し寄せて来た。
本当に、最近のコウハイ君は生意気なことばかりする。
「ふぁあ~~あ、おはようございます」
「うん、おはよう」
……気分が悪い。一年の締めくくりがコウハイ君だなんて、あまり認めたくない。
そういえば最近、あまりエッチしてないか。私は立ち上がって、起き抜けのコウハイ君に近づく。
「えっ、どうしたんですか?なにか――――んむっ」
「んん…………ちゅっ」
本当に雑なキスだ。その証拠に、コウハイ君はキスをされているにも関わらず目を丸くしている。
私はその反応を確かめてから目をつぶって、コウハイ君の首に両腕を回す。
舌を入れようとしたら、むしろこっちの肩が押されてしまった。
反抗的な力に驚きながらも、距離を取ったら。
「……せめて、歯磨きくらいはさせてください」
決まりが悪そうな顔で、コウハイ君がそう言う。
私はコウハイ君の上気した頬をしばらく見つめてから、首を振った。
「嫌だと言ったら?」
「嫌だと言っても歯磨きしてきますね」
「……歯磨いたら、キスしてあげないって言ったら?」
「センパイってそんな趣味でしたっけ」
「ううん、ただのノリ」
それに、生意気な君に対する懲らしめ。
首を傾げて笑ってみたら、コウハイ君はため息を零してから言う。
「洗面所行ってきます」
「今日は絶対にエッチしてあげない」
「……俺が無理やり襲ったらどうなりますか?」
「喜ぶんじゃないかな。オナホ扱いされてるってことだから」
「……………」
歯を磨いてからキスをしたら、私をオナホ扱いすることになる。
でも、コウハイ君が私を人間扱いすると、私のエッチなしという言葉に従うしかなくなる。
さぁ、どうするの?そんな風に威張っていたところで。
「じゃ、歯を磨いてきます」
予想とは全く別の言葉を、いただいてしまって。
私はうっかり、変な声を上げてしまった。
「うぇ?」
「……勝負しましょうか、センパイ」
「え?」
「期限は、今年が終わるまでです」
肩を竦めてから、コウハイ君は背を向けて洗面台に赴く。
リビングに残された私はぼうっとしながら、勝負という二文字の意味を反芻する。
「…………ふぅ」
なんの勝負なの、と問いたかったところで、私は自分の中にくゆらせている名残惜しさに気付く。
そっか、私はコウハイ君とセックスしたかったんだ―――そう思った瞬間に、私はコウハイ君の意図を察する。
「………生意気」
クリスマスにも、私たちはセックスをしていなかった。私たちはもう何日もセックスをしていない。
だからその分、性欲が溜まってしまったのだ。
さっきは意地悪をしたけど私はコウハイ君とセックスをしたいと思っているし、向こうだってきっと同じなはず。
そして、こんな状況下で出た勝負という言葉は……つまり。
「先に襲った方が負け……か」
どっちが我慢強く、自分の欲望を抑えられるのか。
私はそれを、半強制的に求められているのだ。
私たちの物理的な距離は、そこまで遠くはなかった。
そりゃ、お互いの裸も全部見せ合った仲だしウマも合うから、特段と距離を置く必要性を感じないからだ。
だからといって、恋人のようにべたべたしているわけじゃないけど。
とにかく、一緒に並んで料理をしている最中に。
コウハイ君は、上手に包丁を扱いながら言ってきた。
「先にキスした方が負けってことでどうですか?」
「……どうしてキスがセックスに繋がるの?」
「……俺は、キスしたら我慢できる自信ないんですけど。センパイは?」
「…………………キスにしようか」
「はい、そうしましょうか」
年末年始だから、私もコウハイ君も会社は休みだ。
すなわち、私たちは24時間一緒にいることになる。いや、これから三日間ずっと……一緒にいることになる。
これは、思ってた以上にしんどいかもなと思いつつ、私はサラダにごまだれソースをかけた。
「期限は今年が終わるまで。さっきに相手にキスした方が負け」
「負けた方は、勝った方の要求をなんでも一つ聞くってことで」
「へぇ、自信満々だね、コウハイ君」
「俺はセンパイよりはヘンタイじゃないんで」
「……その言葉、絶対に後悔させてあげるから」
「あはっ、楽しみにしてますね」
くだらない勝負だなと思いつつ、私はクスリと微笑みを零す。
アジフライにサラダに、白飯に味噌汁。
ずいぶん健康的な献立をテーブルに並べながら、私たちは最後の取り決めを交わす。
「相手を挑発することはOKだよね?」
「ですね。ただし、直接的なボディータッチとかはなしで」
「オナニーも禁止。24時間、相手の目のつくところにいること」
「いっそのこと、寝るのも同じベッドで寝てしまいましょうか」
「ふふっ、いいね。採用」
ノリでとんでもないことを決めてしまったけど、まあいいっか。どうせコウハイ君が先に襲ってくるだろうし。
最後に白飯をテーブルに置き、私はエプロンを外してから自分の席に向かおうとする。
勝ち確の勝負に緊張する必要はない。みっともないコウハイ君の姿を、脳に焼き付けてやる―――そう考えていた、次の瞬間。
「センパイ」
「うん?えっ―――んむっ!?」
「……………………………………」
腕を掴まれたと思ったら、急に勢い任せのキスをされてしまって。
私はビクンと体を跳ねさせて、目の前のコウハイ君を見つめた。
閉ざされた両目から長いまつ毛が目に入って、心臓が狂いそうになる。
なんの感情も浮かべないほどの暴力的な刺激が過ぎ去って、唇が離れた後。
手の甲を自分の唇に当てている私を見て、コウハイ君は深い息を吐いてから言う。
「勝負、開始です」
「……………………………………………」
私は、コウハイ君なんか大嫌いだ。
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