4話 私とコウハイ君は独身主義だ
コウハイ君と私はどちらとも独身主義だ。
だから、いくらセックスをしても私たちの間で意味は生まれない。いくら体を重ねたって、快楽しか残らない。
私は、それが心地いい。
「んん………ふぁあ~」
日当たりがよくない部屋だからか、カーテンのせいか、目を開けても周囲は真っ暗だった。
隣ではコウハイ君がすうすうと寝息を立てており、丸裸になったその体を一度見てから微笑む。
「おはよう、コウハイ君」
コウハイ君が前に言ってくれた言葉を思い出す。心の穴は、私もまた大きくなるはずだと言っていたけど。
それは正に、その通りだと思う。良くも悪くも、セックスは色々なことを交換する行為だ。
互いの時間、互いの熱、欲求、感情、記憶、価値観。体を重ねたら、そんな色々なものが混ざり合ってしまう。
そして、私は基本的に他人の色で染め上げられるのが嫌いだった。
「……んん、ん……」
「……ふふっ」
でも、コウハイ君だけは例外だ。
独身主義だからって、別に性欲がないわけじゃない。
むしろ私の性欲とコウハイ君の性欲は、人一倍多い気がする。体の相性も抜群で、初めてした時からも気持ちよかった。
開発されてからは、もっと気持ちよくなった。
「コウハイ君」
「……………」
「私のこと、好きにならないでね」
私はコウハイ君のことが好きだけど――その言葉を言いかけて、飲み込む。これはあまりにもずるい言葉だ。
たぶんだけど、もしコウハイ君が私のことが好きだって気づいたら、私はコウハイ君のことが嫌いになると思う。
私が求めるコウハイ君はクールで、なに考えてるのかよく分からなくて、でも基本的に優しくて気配りができる人だ。
「……センパイも」
「起きた?おはよう」
「センパイも、俺のこと好きにならないでくださいね」
「生意気なコウハイ君のことなんか、私大嫌いだからね?」
「その調子です。やればできるじゃないですか」
コウハイ君は上半身を起こして、まだ眠たそうに後ろ髪を掻きながら私を見てくる。
真っ裸の男女の視線が混ざり合い、しばしの沈黙。
でも、すぐに私は眉根をひそめてから言う。
「やればできるって、どういうこと?」
「センパイに時々、めっちゃ愛おしそうな目で見つめられる時があるので」
「………………………」
「そういう視線ばっか浴びていたら、さすがに困ります」
……なんて答えればいいだろう。
どこでなにを返せばいいのかも分からなかった。え、私ってコウハイ君を愛おしそうに見つめてたの?本当に?
なんか、認めたくない。納得がいかない。
だから、私は頬を膨らませてコウハイ君をからかう。
「……そっちだって」
「はい?」
「私にめちゃくちゃ優しくするじゃん。いつもいつも、私のこと優先してくれるじゃない?」
「あ~~まあ、それはそうですね」
「そういうセフレらしくない行動されると、私ときめいちゃうんだけど、大丈夫?」
「……………」
コウハイ君は、言葉の真意を確かめるように私の顔をジッと見据えてくる。
遮光カーテンの隙間から外の明るさが刺し込んできて、コウハイ君の顔がもっとよく見えるようになる。
コウハイ君の顔は、一般的な意味でのイケメンではない。
だからといって特徴がないわけではなくて……いや、むしろけっこう特徴的な見た目をしているのかもしれない。
黙っていると怖いけど、赤ん坊のように純粋に笑う時もある。苦笑する時は大人で、静かで端正に見えるけど、どこか危ういところもある。
そして、今のコウハイ君の顔は。
「人の関係は、いつかは終わります」
紛れもない、大人の顔だった。
「ときめかないでください。その方が都合がいいので」
「都合、か……やっとセフレらしい言葉が聞けたね」
「あはっ、そうですか」
「うん、そうだよ。さっきの口調めっちゃ好きだった」
「ありがとうございます」
素っ気なく答えてから、コウハイ君はベッドから出て床に散らばっている服を拾い上げる。
その後姿を見て、背中を見て思う。私はやっぱりコウハイ君のことを、なにも知っていないと。
「人の関係は、いつかは終わる」
「そうですね」
口ずさむように言ってみると、すぐに反応が飛んできた。やっぱり、おかしいコウハイ君。
まだ裸のままの私はニヤリと笑ってから、自分の心臓に手を置いてみた。
「………そうだね」
「なにがですか?」
「愛には痛みが伴われるもんね」
「………そうですね」
コウハイ君はそれだけ言い残して、私をほったらかしにしてリビングに向かった。
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