5話  お酒とキス

「……WOW」



お酒でびっしり詰まっている冷蔵庫の中を見てると、さすがに驚いてしまう。


同棲を始めてからの初めての買い出し、センパイは食材なんか一切買わずにお酒だけを買っていた。


種類の様々で、中にはウィスキーから始めて名前も知らないカクテルのベースになるものもある。



「どう、すごいでしょ?」

「……さすがにすごいですね、これは」

「ふふん」



普段からこんなにお酒を飲む人だっけ。まあ、今までは素面で会ってたからこういう一面を知らないのが当然だけれど。


でも、さすがに栄養が偏ってしまうんじゃないかな。


俺は心の中でため息をついて、意気揚々としているセンパイに振り向いた。



「これから料理は俺が作りますんで」

「えっ、なんで?」



黙って親指で冷蔵庫を指したら、センパイはすぐにぷくっと頬を膨らませた。



「一応、私も料理はできるんだよ?」

「料理は俺もできるので、ご心配なさらず」

「……そんなに私に料理させるのが不安なの?」

「不安っていうか……まあ」



俺は水切り棚の上にある皿をぼんやり見ながら、言う。



「俺は、そこまでお酒強くないですからね」

「……それとなんの関係があるの?」

「いや、なんかあれじゃないですか。センパイ一人だけで飲ませるのはちょっと気が引けるというか……だから、普段の料理やおつまみでちょっと埋め合わせしようかなと」

「………私、そんなこと気にするような女に見える?」

「気にしませんね。センパイなら」



たった半年。でも、半年。


一週間に一度しか会ってないものの、センパイとはそれなりの関係を築いてきたと思う。その分、センパイの素の性格とか好みとかも段々と分かるようになってきた。


そして、俺のセンパイは驚くほど清々しいところがあり、同時に引くほど優しいところもある。



「なのに、なんで損な役割を買って出ようとしてるの?」

「ううん……ただ、やりたいですからね。それだけじゃ足りませんかね?」

「……うん、足りないよ。私、前に言ったじゃん。優しくしないでって」

「………………………」



優しくしないで、か。でも、いくら言われようともその仕方が分からない。


俺はただ、本能の導くままに行動しているだけだ。そもそもこれが本物の優しさなのかどうかも分からない。


でも、センパイはそれを優しさと定義している。そして、それが窮屈だというのなら。



「分かりました。じゃ、料理は分担して行きましょうか」

「うん」



同居人のためでも、ここは俺が身を引いた方がいいだろう。


あっさりとした返事をもらった後、俺はもう一度冷蔵庫を開けて、一番下の棚に並んでいる食材を取り出そうと腰を屈める。


そして、次の瞬間。


センパイの手が、冷蔵庫の中へと伸びた。



「えっ?」

「………」



そのまま、センパイは9度くらいになるストゼロを取って、一気に呷り始める。



「えっ………?」

「ごくっ、ごくっ………ふぅ」

「えっ、大丈夫なんですか?まだお昼――――」



疑問の言葉は、最後まで紡がれなかった。


なんと、お酒を飲むのと同じ勢いで、センパイが俺の唇を塞いできたのだ。同じ唇で。いつもの熱で。百合色の香りで。


俺は、目を見開いてからすぐにまた目を閉じる。


センパイとのキスは気持ちがいいけど、今回のキスはたぶん快楽が含まれていないキスだ。


このキスの名前はたぶん、イラつきだ。



「……コウハイ君」

「……はい」

「もっと、お酒強くなって。お願いだから」

「……………………」



いや、体質的に無理だろ、それはと言いたいところだったが。


何故か俺は、気づいたら自然と頷いていた。



「頑張ってみます」



その言葉を聞いて、センパイは花咲くように笑ってから俺の首に両手を回してくる。



「よろしい」



優しさの境界線って何なんだろう。


どこまでがセンパイが求める優しさで、どこからがセンパイが嫌うような優しさなのだろう。


そんなことを思いながら、俺はまたセンパイと唇を重ねる。そして、その瞬間にふと思う。


センパイは俺に優しさを求めていない。センパイが俺に求めるのはただ一つ。



「……ふふっ。本当にありがとう、コウハイ君」



穴だらけの日常を繋ぐ、刺激が必要なだけだ。

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