第14話 重すぎても一途な愛は大歓迎なので(4)
セリーヌが目を覚ますと、見覚えのないベッドの上にいた。
広く大きなベッドは、質の良いシーツを纏い、その真っ白なカバーには、美しい銀糸の刺繍が張り巡らされている。
部屋の中は少し簡素で、最低限のものが揃っている程度だ。客室にしては少し寂しい。
「お目覚めですか? セリーヌ様」
ちょうど王宮の制服を着た侍女が入室してきた。彼女は輿入れ後にセリーヌ付きになる侍女のサラ。ではここは王宮なのだろうか。
「サラ、ここは……?」
「こちらは王太子殿下とセリーヌ様の寝室です。お二人の婚儀が終わりましたら使用する予定のお部屋でしたので、色々と整えている最中なのです……。不足がございましたら申し訳ありません」
深々と頭を下げるサラに気にしなくて良いと告げてから再び室内を観察する。なるほど左右に続き部屋があり、どちらかがテオドールの私室に繋がっているのだろう。少し簡素なのは、セリーヌが輿入れしてから趣味に合わせて色々と整える算段だったのかもしれない。
そこでやっと自分が何故倒れたのか思い出した。
「っ! テオドール様は!? フィルは!? 無事なのでしょうか!?」
「ええ。ご無事ですわ」
サラの言葉に安堵する。サラによると、セリーヌ達が乗っていた馬車を襲ったのは、第一王子派の貴族が雇った荒くれ者だそうだ。
金で雇われただけなのですぐに口を割り、その貴族と第一王子を捕らえて拘束したそうだ。なんとその貴族というのは、戴冠式の時にセリーヌに嫌味を言ってきた、あのドラノエ伯爵だった。
「それにしても、何故わたくしを襲ったのかしら……?」
「それは私の弱味がセリーヌだからです」
いつのまにかテオドールか寝室にやってきていた。サラは一礼してさっと退出する。
「テオ様! お怪我は? 身体は大丈夫ですか!? お辛いところは?」
「そっくりそのまま私が貴女に聞きたいことばかりだ。私は平気です。セリーヌは?」
苦笑しながら答え、テオドールはセリーヌが横になっているベッドに腰掛けた。そしてセリーヌの髪をそっと撫でる。
「私も、大丈夫です」
「……良かった。貴女をもし失ったら、私は後を追って自害するところでした。もうこんな無茶はしないでくださいね」
「ええ?」
物騒な発言に驚きながら、「襲われるなんて思ってもみなくて……」と言い訳をする。
するとテオドールは目を見開いた。
「え? しかしフィルから、貴女が『気づいていたようだ』と聞いたのですが……。自ら囮になるつもりだったのではなかったのですか!?」
「囮? いいえ。わたくしはただ、テオドール様にお会いしたくて……」
フィルが「気づいていたのか」と聞いてきたのは、オデットとの仲ではなかった? セリーヌが混乱していると、テオドールが一つ一つ紐解いてくれた。
「私がセリーヌに手紙を出したのは、『兄が貴女を狙っている』という情報が入ったからです。あの男爵令嬢もチョロチョロしていましたし、王宮は物騒ですから、危険だと判断しました」
「ええ!?」
アベルは、第一王子派と呼ばれる貴族達と協力して、テオドールを王太子の座から降ろすべく、テオドールの弱点といえるセリーヌを拉致し脅そうとしていたそうだ。その計画もお粗末なもので、計画段階からテオドールの息のかかった間者に筒抜けだったのだとか。
テオドールは念の為セリーヌを王宮に近づけないようにし、証拠を集めて捕縛する準備をしていたのだそう。
想像もしていなかった内容に、驚いて言葉も出ない。
「ご存知なかったのですか? ではフィルの勘違いだったのですね……。あぁ、それでも貴女が無事でよかった……」
「私は……テオドール様がオデット様と……浮気をするのを見せないように、王宮から遠ざけたのかと……」
大きな勘違いをしていたと分かったセリーヌは、今度こそ呆れられたのではと思って俯いた。「ふぅ」とテオドールのため息も聞こえてきて、身をすくめる。
すると、テオドールがセリーヌの手を取った。俯いたセリーヌの瞳に映るよう、ベッドの脇に跪く。
「!」
それはセリーヌが聖魔法を使ったあの日、テオドールが跪いて求婚してくれた日と同じ仕草だった。
「セリーヌ。愛しています」
「っ!」
真っ直ぐに翡翠の美しい瞳を向けられて、セリーヌは息をのんだ。
「貴女にこの命を救ってもらえる前から、貴女だけを想って生きてきました。兄が婚約破棄を宣言したあの日、貴女と婚約したいと両親に強請ったのは私です」
「え?」
命の恩人のセリーヌに恩を返すつもりで、愛しているように振る舞ってくれている、と思い込んでいたセリーヌは、思わぬ事実に驚く。
「フィルに聞けばわかると思いますが、私はずっと幼い頃から、貴女の虜でしたから」
「ええ!?」
「だからもう無理ですよ。私から逃げることなど出来ません。やっと貴女を手に入れたのだから、私は貴女の手を離すことは一生あり得ません。出来れば貴女を誰の目にも触れない部屋で閉じ込めてしまいたいくらいに、貴女への独占欲にまみれているのです。浮気などする余地は微塵もありません。貴女だけを愛しています。大人しく私の側で、ずっと私だけの妃でいてください」
「…………はい」
何だか、もしかしたらとても重く大変な愛を告げられた気もするが、一途に自分を愛してくれていることを知って、セリーヌは嬉しくて、ただ頷いた。
テオドールは嬉しそうに甘く微笑み、彼女の手の甲にキスをする。
「テオドール様」
「テオと、呼んでください」
「……愛しています、テオ」
照れながら告げると、テオドールはセリーヌ以上に真っ赤に染まっていた。
「! 貴女はもう! 私はもうすこぶる健康な男なんですから! 我慢する身にもなってください!」
「ふふっ」
怒っているのか、照れているのか、真っ赤に染まるテオドールを、セリーヌは心から愛おしいと感じている。彼の愛はきっと少しだけ重い部類なのだろうが、一途にセリーヌだけを想ってくれている。それがセリーヌはとても心強く、愛おしく感じた。
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