第11話 重すぎる一途な愛は大歓迎なので(1)
立太子の儀を行う日となった。
前日まで、しとしとと雨が降っていたが、今日は雲一つない青空。新しき王太子の門出を、天も祝福してくださっているようだ。
第二王子テオドールは国王陛下に跪き、冠を頭上に戴く。
赤いマントを羽織ったテオドールは、鍛えているせいか体つきもがっしりし始めていて、とても元病弱には見えない。それどころか、神々しく威厳もあり、王太子たる空気をすでに放っている。
(さっきまであんなに駄々をこねていらしたのに、流石ね……)
セリーヌは堂々としたテオドールの佇まいを側で見守りながら、つい先ほどまでの彼を思い出していた。
*
「あぁセリーヌ! なんて美しいんだ……! このまま誰の目にも晒さずに閉じ込めておきたい!」
控室に来るなり、テオドールはセリーヌの美しい装いに暫く見惚れていた。セリーヌはテオドールの大一番だからと気合いを入れて着飾っていたのだ。
それにしても彼の瞳の色のドレスはやりすぎただろうかと心配していたところに、「美しい」と称賛され、引かれていないと分かって内心ホッとしたのだった。
「閉じ込めるのはやめてください。テオドール様の晴れ姿を、わたくしにも見守らせてくださいませ」
クスクスと笑いながら答える。テオドールはその長い脚を数歩だけ動かし、あっという間にセリーヌの目の前にやってくると「テオと呼んで?」と甘く囁いた。
突然の甘い空気にセリーヌは照れて俯く。すると額にキスが降ってきた。
「ひゃっ!」
「美しいセリーヌに、『テオ』と呼ばれたいのです。さぁ私の瞳を見て?」
「……テオ! そ、そろそろお時間ですわ。い、行かなくちゃ。みなさん待っています!」
「……嫌です。こんなに可愛いセリーヌを他の男に見せられない! このままセリーヌを持ち帰りたい!」
そう地団駄を踏む彼は、とっても可愛かった。何度かキスを許して、「テオだけとしか見つめ合わない」と謎の約束をさせられて、やっと立太子の儀を行う会場へと入れたのだった。
*
「今日この時より、第二王子テオドールが我が国の王太子である!」
国王陛下の宣言に歓声が上がる。テオドールはセリーヌの手を引き、参列している王族や来賓、国内の主要貴族の前に立った。
「知っての通り私は幼き頃より身体が弱かった。このまま朽ちる命だと絶望していた。だが、ルヴィエ公爵家のセリーヌと婚約し、彼女の愛の献身によって私の身体は生まれ変わったのだ!」
(な、何だか上手く美談にされている……?)
セリーヌが内心慌てているのをよそに、王室ロマンスに人々は沸く。
「セリーヌが兄と離れ私と婚約してくれた幸運を、私は神に感謝する! そしてこの長らえた命は、セリーヌと国民の為に捧げることを誓おう!」
歓声と拍手に包まれ、笑顔で手を振るテオドール。セリーヌは照れながらテオドールをちらりと見る。すると甘い瞳と目が合い、彼女の頬は、ますます赤く色づいてしまったのだった。
その後の夜会も盛大に執り行われた。
セリーヌはテオドールに贈られたドレスに着替えていた。彼の髪色である深い紺色のドレスに、セリーヌの髪色に合わせて銀糸の刺繍が入っている。
そしてテオドールの上着にも、同じ銀糸で同じ模様の刺繍がなされていた。バカップルもびっくりのお揃いコーデだ。
「まさかテオドール殿下にも同じ刺繍があるだなんて、思いもしませんでした……」
「何故? 私はセリーヌだけを愛すんだと、皆に分からせてあげないと」
「えぇ……」
「約束は守ります」
「!」
一度きりの聖魔法を使ったあの日の約束を、テオドールが覚えていることに驚く。
(もしかして、あの約束を守るために、私を愛しているかのように振る舞われているの……?)
命の恩人の希望を叶えようとしてくれているのだ。なんて優しい人だろう。
そう気づいた途端、何故かセリーヌの胸はズキンと痛みを感じた。
二人並んで入場すると、一気に皆の注目を浴びる。本日の主役であるテオドールは、優雅にセリーヌをエスコートしてくれた。
セリーヌは先程感じた胸の痛みを、心の奥に押しやって隠した。そして完璧に微笑んでみせる。
今日は、テオドールの婚約者としての役割をきちんと果たさなければ。
「この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
隣国の王太子殿下が挨拶してくださり、暫く雑談をしていたのだが、テオドールの聡明さに感銘を受けたのか話が盛り上がってきた。
長くなりそうだったので、テオドールに「少し壁際におりますわ」と声をかける。少し焦ったような顔つきをしていたが、大丈夫だとニコリと笑顔で返してその場を辞した。
壁際に行き佇んでいると年配の貴族男性の話し声が耳に入ってきた。
「テオドール様は病弱だったのでは?」
「また体を壊されては困りますな」
二人はチラリとセリーヌを見ながら、話し続ける。わざと聞かせるように嫌味を言っているようだ。
「愛の力なんぞで回復されるものでしょうか」
「いささか信用なりませんな」
次々とテオドールのことを鼻で笑う彼らに、セリーヌは得も言われぬ怒りを感じ、気付くと彼らの目の前に移動していた。
「恐れながら」
「!?」
ニッコリとその完璧な美貌で笑顔を向ける。突然歯向かうように現れたセリーヌに、彼らはギョッとした。
「テオドール殿下は完全に回復され、ご自身でも体調管理をしっかりとなさっておられますわ。お二方のご心配には及びません」
「いや……しかし」
「殿下こそが王太子にふさわしいと、『国王陛下が』お決めになられたのです。何かご不満があるのでしたら、私から陛下に進言させていただきましょうか? ドラノエ伯爵、メレス子爵」
直接挨拶をしたこともない弱小貴族の名前を、スラスラとセリーヌが言い当てた。セリーヌは次期王太子妃である以前に、公爵令嬢である。彼女の背後にある王家と公爵家という大きな権力に怯えたのか、二人は瞬時に真っ青になった。そして、「いえ結構」「し、失礼します」と断りながら、そそくさと去っていった。
(少し言いすぎたかしら)
断罪イベントを阻止した時といい、今回といい、攻撃的に発言しすぎている気がする。未来の王太子妃としてはよろしくない振る舞いだったかもしれない。反省しながら彼らの後ろ姿を見送っていると、テオドールが「セリーヌ、ありがとうございます」と声をかけてきた。
「テオドール様、聞いていらしたのですか?」
「口を挟もうとしたら彼らが去ってしまって。助けられなくてすみません」
「いいえ!……あの」
「ああいったことを言われるのはいつものことですから。でも貴女が私を庇ってくれて嬉しかった。やっぱりセリーヌは私の女神ですね」
キラキラした瞳でそう見つめられると、セリーヌは何だか合点がいった。
テオドールの行動は、雛が親鳥についていくような、子犬が飼い主に尻尾を振るような、なんだかそういうもののように思えた。命の恩人であるセリーヌに対する、純粋な忠誠心のようなものを感じたのだ。
だがそれは、まだ彼の世界が狭いから。病弱で交友関係も少なかったテオドールが、これから外の世界を知ったら──。
スーッと何かひんやりしたものが背中を伝う。
「セリーヌ?」
「いいえ、なんでもありません。ご挨拶に参りましょうか」
その後はずっと、テオドールはセリーヌの側を離れなかった。その献身的な愛のようなものが、もし愛ではなかったら。
セリーヌの心は不安に揺れ始めていた。
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