第7話 病弱設定の第二王子なので(3)
赤い顔のまま、テオドールはセリーヌに向き直ると、彼女の手をそっと両手で包む。
痩せ細った手だが、セリーヌよりも大きく骨張っていて意外にも温かい。その温もりにドキッとして顔を上げると、真剣な眼差しと目が合った。
「……私は……。私の命は、あとどのくらい残されているのか分からない。ですが、私は残りの生涯の全てをかけて、あなたを愛し抜きます。決して心変わりなどいたしません。貴女だけを愛し、未来永劫貴女だけが私の妃だと誓います。そのかわり、貴女も私だけを愛してほしい。どうか私の妃になっていただけませんか?」
自分だけを妃として欲しいと願ったが、愛して欲しいとは言わなかった。だが、「セリーヌだけを愛す」とテオドールが真っ直ぐ告げてくれたことに、セリーヌの心は揺らめく。
どうしてだか歓喜で胸がいっぱいになり、目尻に涙が滲んだ。
「……はい。殿下だけを、愛します」
気づくとそう自然に応えていた。テオドールを見ると、さらに顔を赤くしている。体調が優れないと言っていたから、悪化したのかも知れない。
セリーヌは、心を決めた。
「殿下。私の願いを叶えてくださる代わりに、私の秘密をお教えいたします」
「秘密?」
「はい。私の、父や母にも告げていない、秘密です」
セリーヌの神妙な面持ちに、真っ赤になっていたテオドールも、真剣に向き合う。アベルにこれまでどんな進言も聞き流され邪険に扱われてきたセリーヌにとって、その姿勢だけでテオドールの株が上がっていく。
「実は……私は生涯に一度だけ、聖魔法が使えるのです」
「聖魔法?」
「はい……。信じていただけないかもしれないのですが、使えるのは一度だけであることと、それがどんな病も傷も治せる万能な聖魔法だということが、なんとなく分かるのです」
これは恐らくゲームの『悪役令嬢の救済措置』だろう。記憶を取り戻した時、この力にも気付いた。シナリオ通りならば、今頃国外のどこかに嫁がされたり見知らぬ土地で捨てられたりと、困難な状況に陥っていたに違いない。
そのピンチを、一度だけ乗り切ることが出来る魔法なのだ。
テオドールは驚きつつもセリーヌの話を聞いている。
「アベル殿下の婚約者だった頃、婚約破棄されて国外追放を言い渡されそうだったので、その時に使おうと思っておりました。もしくは、大切な家族に何かあれば、その時でも良いと考えていました。でも、アベル殿下とは無事穏便に婚約破棄出来ましたし、家族は皆息災です」
「ま、まさか」
セリーヌの言わんとすることを察して、テオドールはおろおろし始めた。命令すれば従わせることができる立場なのに、セリーヌの力を自分の為に使うことに、申し訳なさを感じているのだろう。
その優しい心、セリーヌの気持ちを汲んでくれる彼に、この瞬間も惹かれていく。
もはや一度限りのこの力を使うことに、何の迷いもなかった。
「殿下、元気になられても、私との約束を、どうか守ってくださいませ」
そう言ってセリーヌはテオドールの手を両手で握り返し、そのまま額に当てて祈る。
『テオドール殿下のお身体が、病など吹き飛ばし強く健やかになりますように』
すると、セリーヌの手元が優しく輝き始め、陽の当たる明るい部屋に、少し光が増す。やがてテオドールの身体全体を光が包み、キラキラとした粒子が舞う。
「!」
テオドールの身体に、力が戻ってきた瞬間だった。
テオドールは、身体中に力が戻ってきたことを感じた。筋力不足は否めないが、恐る恐るベッドから立ち上がる。
「身体が……軽い……! これが聖魔法なのですか?」
「恐らく。私も初めて使用しましたし、二度と使えないと思われるので、不確かですが。お身体は大丈夫ですか?」
「はい……! 医師からも原因が分からないと匙を投げられていたのです。身体中の力が上手く入らず、立つことも辛い日が増えてきていて……。ああ……! こんな日が来るなんて……!」
筋肉不足までは改善されなかったようで、数歩進んだところでよろけてしまった。慌ててセリーヌが立ち上がり、テオドールの身体を支える。
「ありがとうございます」
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ! 先程までと雲泥の差です!」
テオドールはセリーヌの足元に跪いた。そして彼女の手を取り今度こそ正しく求婚する。
「セリーヌ嬢。貴女のような素晴らしい女性を妻に迎えることが、私の最期の誉れなのだと思っていました。しかし、貴女がこの身体を治癒してくださった! あぁ! こんな幸せなことが私の身に起こるなんて! 私はセリーヌ嬢を唯一の妃とし、生涯愛し抜きます。貴女とこれからも生きていきたい! これから先ずっと、私を側に置いていただけませんか?」
「ふふ。喜んで」
「あぁ! なんという僥倖!」
「ふふふっ」
少しはしゃいだ声のプロポーズに、セリーヌはクスクスと笑う。テオドールの無邪気なプロポーズが嬉しかった。
セリーヌが声を出して笑ったのは、久しぶりのことだった。
そして、手を取り合いゆっくりとベッドに戻る。
セリーヌの魔法は一度きり。この世界で魔法が使える者は珍しく、悪い意味で注目されることもある。もう二度と使えないものに言及されても困るので、周囲には内緒にすることにした。
とはいえ、せっかく病が完治したのだ。テオドールはすぐにでも、セリーヌの両親に挨拶がしたいし、セリーヌとお茶をしたりデートをしたり、夜会に出てダンスを踊りたい。だが急に回復しては変に思われる。
しかし、まさかセリーヌが聖魔法を使えただなんて、誰も思い付かないだろうという結論になった。
そうしてわずか三日後、テオドールは全回復したことを周囲に露見したのだった。
*
「テオドール!」
部屋に入るなり王妃はテオドールを抱き締めた。セリーヌが聖魔法を使用したのは三日前。彼女が秘密にしてほしいと懇願したので、バレないように徐々に回復したフリをしたのだ。
「宮廷医から連絡が来て……貴方の病が奇跡的に治ったって……!」
「ええ。セリーヌと婚約すると決まってから、みるみる調子が戻ってきたのです。彼女は私の幸運の女神に違いない」
「まぁ……!」
王妃は歓喜に震え、涙を浮かべて喜んだ。知らせを受けて議会の後に駆け付けた国王も、息子の回復を心から祝福したのだった。
*
「で? どういうカラクリ?」
あっという間に回復し、優雅にティールームでお茶を飲む友に、フィルマンが疑問をぶつけた。
「強いて言えば、『愛の力』かな?」
微笑むその顔は、まだ少しほっそりと痩せこけたままだが、顔色は随分良い。
唯一無二の友人が、徐々に弱っていく──。その姿を目の当たりにしていた自分は、何も力になれなかった。その悔しさはある。だが、自分の姉が、(どんな力技を使ったのかは不明だが)友を救ったのはどこか誇らしい。
長年、友の気持ちを知っているからこそ、幸せそうに微笑む顔を見ることができて、素直に嬉しい。
何故急に回復したのか言う気はなさそうだが、まぁ幸せそうなら良いかと、フィルマンは肩をすくめた。
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