第6話 病弱設定の第二王子なので(2)
テオドール殿下との顔合わせの日がやってきた。
テオドールは病み上がりだろうという予想から、優しい色味の青いドレスを選んだ。
露出も抑え、衣擦れの音もしないように華美な装飾があまりついていないものにする。王宮に出向くには少し地味なドレスだが、ゲームの内容を知っているセリーヌはこれで良いと判断した。
(テオドール殿下の好みは、ヒロインのような素朴で可愛らしい子だもの)
病弱な第二王子を陰で操ろうとする貴族から差し向けられるのは、決まって女豹のような目付きのギラギラと着飾った令嬢ばかり。それが心底怖かったのだとテオドールは言っていた。第二王子ルートの序盤、ヒロインに打ち明ける内容だ。
第二王子ルートは「無垢で可愛いヒロイン」に惹かれていくストーリーだった。
対してセリーヌは、背も高く華やかな顔立ちをしているので、可愛いと形容される部類の令嬢ではない。身体つきも女性らしく妖艶な美女ではあるのだが、ヒロインとは似ても似つかない。
せめて服装くらいは、とヒロインをイメージした素朴で可愛らしいドレスを選んだのだった。
そんな涙ぐましい努力の末に王宮にやってきたセリーヌだったが、出迎えたのは王妃だった。
「セリーヌ、ごめんなさい。今日もテオドールの調子が優れなくて。でも、テオドールったらどうしても貴女に会いたいって言っているの。もしよかったら、我儘をきいてくださる?」
「ええ。もちろんですわ」
そうして王妃と共に、王宮の奥、第二王子の私室へと繋がる廊下を歩く。
通された寝室は、陽の光がよく入る明るい部屋だった。中央にある大きなベッドの天蓋は開けられ、彼はそこに座っていた。
セリーヌが入室したことに気付くと、にこりと微笑んだ。
濃紺の髪は少し長く顔にかかっており、美しい翡翠の瞳がそっと覗いている。顔色は悪くやせ細り、覇気はないものの、どこか神々しいオーラをまとっていた。紛れもなく王妃殿下の御子だと分かる、彼女によく似た大変美しい青年がそこにいた。
ゲームで観ていた彼は、偽物だったのかもしれない。
本物の彼は、なんと綺麗だろう。どこかの精霊と言われても納得できそうだ。
「セリーヌ嬢、よく来てくださいました。このような姿で申し訳ない」
「いえ。ご無沙汰しております。テオドール殿下」
テオドールはセリーヌの二歳年下で、弟のフィルマンと同級生。学園で会えば挨拶を交わす仲だし、幼い頃はアベルとテオドール、セリーヌと弟で遊んだりしたこともある。
だがここ数年は彼の体調が思わしくなく、学園でもほぼ出会わなかったので、久々の再会だった。以前学園で出会った彼は、こんなに神々しかっただろうか。セリーヌは内心動揺していた。
「この度は兄が申し訳ないことをしました」
「頭をお上げください!」
先日の国王夫妻に続き、第二王子にも頭を下げられ、セリーヌは慌てた。動揺していたことも重なって、つい本音を漏らしてしまう。
「テオドール殿下のせいではありません! わたくしにも至らないところがあったのだと思います。……ですから……、この度のテオドール殿下との縁談には、……驚きました」
セリーヌの言葉に、テオドールは苦笑しながら答える。
「すみません。王家の都合で振り回してしまい、本当に申し訳なく思います」
「テオドール殿下は……わたくしで、よいのですか?」
「もちろんです。貴女ほど素晴らしい女性を私は知りません」
即答だった。
あまりに早い回答で、セリーヌは返す言葉がない。そこまでを微笑ましく観察していた王妃が、「ではあとはお二人で」と言い残し、侍女たちを連れて出て行ってしまった。婚約をまだ正式に結んだわけでもないのに、寝室に二人きりにされてしまい、セリーヌはドギマギしてしまう。
チラリとテオドールを見ると、じっとセリーヌを見ていたのか、目が合ってにっこりと微笑んだ。明らかに病弱だと分かる顔色だが、その造形はとても美しく、微笑まれただけでセリーヌの胸は高鳴った。
どうやらテオドールは、アベルと違ってセリーヌに関心はあるようだ。
しかし、前世のことを思い出した今、セリーヌには譲れないものがある。今日ここへ来た理由の一つは、テオドールにそのことを懇願してみるつもりだったからだ。セリーヌは思い切って話し始めた。
「恐れながら……殿下、婚約を結ぶにあたり、一つだけ、お願いをしたいのです」
「ええ、もちろん。セリーヌ嬢には王家がご迷惑をおかけしています。これからの貴女の人生を頂戴するのですから、私に出来ることは何でもおっしゃってください」
内容をまだ言っていないのに、えらく簡単に「願いごとを叶える」と即決するテオドール。セリーヌは驚きつつも、その願いを口にした。
「殿下の妃は……、わたくしだけに、していただけますか……?」
ドレスの裾をグッと握り、目を瞑って願いを言い切った。前世の浮気を思い出した今、アベルの浮気はとても許せない。
その上、テオドールにまで浮気をされるのは、耐えられないと考えたのだ。
テオドールはどう思っただろうか。
アベルの愚行を許せぬ心の狭い令嬢だと呆れただろうか。
病弱な彼の子孫を残すため、多くの妃を娶るべきだと考えるのだろうか。
もしそうならば、この縁談からは逃げなければならない。
俯いたまま答えを待っているが、一向に反応がなく、そっとテオドールを見た。
そこには顔を真っ赤にして、口元を手で覆い、まるで照れているような様子のテオドールがいた。
(え、何ですの? その反応……)
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