第5話 病弱設定の第二王子なので(1)

 断罪イベントが無事終了したので、セリーヌは浮かれていた。これで自由だ。


 アベル殿下を論破し、自身のアリバイを明らかにしたことで、その場にいた生徒もセリーヌに同情的な意見を持ったに違いない。


 しかも、シナリオとは違い、国外追放を言い渡されることもなかった。これで穏便に婚約破棄できる。手続きは父であるルヴィエ公爵に全て任せているし、王妃殿下にも根回し済みだ。そのうち王家から第一王子の婚約破棄について発表があるだろう。


 あの卒業パーティでの一件は、社交界で噂になるだろうから、アベルの過失による破棄だということも明らか。これであらぬ疑いをかけられ、国外追放となるのは免れたのだ。


(今後は公爵家の領地でひっそりと過ごそうかしら。修道院に入るのも良いかも。お父様達の役に立つ為には、何かお商売を始めるのも良いかもしれないわ)


 セリーヌは無限大の明るい未来が用意された気分で、清々しい日々を過ごしていた。


 しかし、現実は甘くなかった。


 卒業パーティからわずか数日後、王宮に呼ばれたのである。

 戦々恐々と王宮へ赴くと、国王陛下と王妃殿下がセリーヌに頭を下げた。


「この度は愚息が迷惑をかけてしまって申し訳ない!」

「この通りよ、セリーヌ」

「おやめください! 頭を上げてください!」


 国王や王妃が頭を下げるだなんて大事だ。セリーヌはもちろん、隣にいる両親や控えていた近衛兵も慌てている。


「セリーヌが素晴らしい令嬢だということは分かっているの。いつの日かわたくしの娘になるのだと思っていたわ」

「有難いお言葉に存じます」


 王妃の言葉にセリーヌはじんとする。王太子妃教育や公務で、優しく厳しく育ててくれた、第二の母のような存在だ。

 すると横にいた父が、苦言を呈した。

 

「お二人のお気持ちは充分いただきました。しかし我々は、傷付いた娘の一早い婚約破棄を望んでおります」

「もちろん。それは早急に対応する。それでだな……」


 とても言いにくそうに国王陛下がモジモジし始めた。嫌な予感がする。


「今回のことでやっと決心がついたのだ。──私は、第二王子テオドールを立太子させることにする」


「!」


 なるほど、確かにあの浮気王子が未来の国王となる可能性を残しているままであれば、反発も大きいだろう。

 セリーヌとの婚約破棄を発表すると同時に、第二王子の立太子も発表する算段のようだ。


「ついては、セリーヌ。君がテオドールの妃となってほしい」

「はい?」


 ゲームにはなかった展開だ。ヒロインが第二王子を選べば第二王子が立太子する展開はあるものの、悪役令嬢と第二王子が結ばれるなんて展開はなかった。

 そして何より第二王子のテオドール殿下は──。


「……お身体は、大丈夫なのですか……?」

「人より弱い。早逝してしまう可能性も捨てきれないが、何か名前がついている病ではないのだ。これから身体を鍛えていけば、いずれ健康になる可能性もある」


 苦しい顔で国王陛下が言い、横にいる王妃殿下も表情を暗くした。

 第二王子ルートでヒロインが愛の奇跡を起こせば、第二王子は元気になるが、ヒロインは今、アベルに夢中だ。ヒロインが別ルートに進んだ場合は、臥せったまま回復する描写はなかった。


 セリーヌの両親は青ざめた表情で二の句が継げないでいた。国王からの縁談を断るわけにはいかない。しかし、どう考えても「病弱な第二王子」との結婚は、今以上にセリーヌに負担がかかることは明白だ。ルヴィエ公爵は拳をグッと握り、国王に意見しようと口を開きかけた、その時。


「そのお話、お受けいたしますわ」

「!!」

「セリーヌ!」


 驚愕する両親と喜ぶ国王夫妻の前で、セリーヌは悪役令嬢らしく何かを企むように微笑んだ。



「私はっ、娘一人守れん愚か者だっ!」


 国王夫妻との面会を終え、馬車に乗り帰宅する車中は、前世でいう通夜のように暗い空間と化していた。


 浮気者の第一王子との婚約を破棄できると思ったら、今度は病弱な第二王子に嫁ぐよう言われてしまったのだ。

 両親は可愛い娘に結局苦労をさせてしまう運命を悔やんでいた。ルヴィエ公爵は国王陛下の提案をセリーヌが受けてしまったことに憤り、ついに泣き出してしまった。


「ごめんなさいね。セリーヌ。わたくし達があの場で即座に断るべきだったわ」

「いいえお母様。良いのです。テオドール殿下はお優しい方。きっと幸せになってみせますわ」

「けれど、殿下は……!」


 決してその先は口にできないが、両親は病弱な第二王子に嫁ぐことで、セリーヌが近い未来、夫に先立たれてしまうのではないかと危惧しているのだ。


 第二王子殿下は病弱な方で、滅多に公務に現れない。


 この国の貴族ならば誰もが知ることだ。ゲームのシナリオでもそうだった。第二王子ルートに進まなければ、臥せっている描写しか出てこなかった。今日も彼の体調が優れず、顔合わせさえ出来なかったのだ。


 だが、セリーヌには勝算がある。


「大丈夫ですわ。お母様。わたくしを信じてくださいませ。わたくしのことを案じてくださって、ありがとう」

「あぁ! セリーヌ!」


 父と母をなんとか宥めながら、セリーヌは第二王子ルートのことを思い出していた。


 第二王子テオドールは、幼い頃から病弱だったこともあり、婚約者はいない。ゲームの中でもヒロインに一途で、可愛らしいキャラだった。彼は少しヤンデレ気質で、怖いくらいに一途な性格だった気がするのだ。彼ならば浮気をしないかもしれない。

 どこへ行っても立場上縁談を持ち込まれてしまうだろうし、それならばゲームの記憶を活かせる相手に賭けてみようと思ったのだった。



 弟のフィルマンはテオドール殿下と親しい。今の殿下の容態をよく知っているのではと思い、帰宅してから話をしてみることにした。


「テオは、卒業パーティーにも出席出来ていた。調子の良い日もあるんだ。姉上、テオは必ず姉上を幸せにしてくださるはずだ。俺も支える」

「ありがとう、フィル」


 シスコンの弟は、予想外にテオドールとの婚約に賛成しているようだった。


「随分テオドール殿下の肩を持つのね」

「まぁね。テオのことはずっと側で見てきたんだ。あいつはアベル殿下とは全然違う。大丈夫だよ」


 自信満々に友人を信頼している弟が、とても尊くて可愛くて、セリーヌは久々に大きくなった弟の頭を撫でてしまい叱られてしまったのだった。

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