15.5

 小鳥遊の家は広く、複雑化していた。


『これはすごい。さながら迷宮ではないか』


 天井からは、花や鳥の彫刻が。壁からは、見事な調度品が俺達を圧倒する。それらを繋ぐ、木製の通路。しかし角を曲がる度に視界が様変わりするため、異なる建物を跨いでいるような感覚に陥った。


 そして通路は枝分かれしており、少しでもはぐれれば帰れそうにもない不安を覚えさせる。琴音もそう思っているのか、必死に距離を保っていた。すると小鳥遊兄は、不意に説明を開始する。


「ここは地下に巨大な岩が埋まっている土地でね。何でも曰く付きのモノらしく、地鎮祭を執り行ってから家を建てたんだ。岩を傷つけぬよう、しかして晒さぬよう……。そう配慮していたら、迷路みたいな家が完成したというわけさ」

「滅多に見れないんだからな、ありがたく思えよ!」


 得意げな弟に続き、階段を上ったかと思えば下り、下ったかと思えばまた上るを繰り返す。


 やがて会話が途絶えた頃。小鳥遊兄は、二枚のふすまの前で立ち止まった。


「皆、長らく歩かせてしまってすまないね。凜太郎、手伝ってくれるかい?」

「おう」


 二人はそれぞれふすまの引き手に手をかけ、俺達を内部へといざなう。――畳が敷き詰められた部屋の先には、彼の自負する通り見事な花園が広がっていた。


「相変わらず、小鳥遊さんのお家は綺麗だね」

「お褒めに預かり光栄だよ。これで少しは、二階堂さんのご自宅に近付けたかな?」


 花園と対面するように置かれているのは、二人掛けのローチェアが三脚。同じく背の低いテーブルが、セットになって俺達を待っている。


『確か、“旅館”がこういう内装だと言っていたな』


 琴音共々立ち止まっていると、小鳥遊たかなし兄はローチェアへ手を向ける。


「さあ、皆座って。レイくんとヨスガくんも」

「ニャ?」

「ふふっ、勿論。飼い主の隣に座って構わないよ」

「ニャア」


 お言葉に甘え、琴音の隣を確保する。レイもこちらの様子を窺うと、二階堂の隣で丸まった。


◇◇◇


 紫がかったピンク色の花。透明感すら感じられる純白の花。そして、葉に映える赤い花。それらは交互に植えられており、風にそよぐ生前の国旗を彷彿とさせた。


 一方で琴音は、言葉も忘れて見惚れている。このまま放っておきたいところだが、彼女が話さねば場が動かない。


「琴音。これは何と言う花だ?」

「ん? え〜っと、なんだっけ……ど忘れしちゃった」


 考える素振りを見せながらも、笑って誤魔化される。すると彼女の横から、淡々とした答えが返ってきた。


「“ツツジ”。4月中旬から5月中旬に咲く花。“サツキ”に似てるけど、そっちよりも花弁が少し大きいし先に散る。……一番の違いは開花時期だから、そこだけ覚えていればいい」

「へぇ〜! 小さい頃から毎年見てるのに、全然分かんなかった……。二階堂さんって物知りなんだね」

「別に。私の家にも生えてるから、必然的に詳しくなっただけ」


 そう言うと彼女は、目の前の湯呑みを両手で持ち上げた。次いで小鳥遊弟が湯呑みに手をつけると、琴音ははたと思い出したかのように問いかける。


「その……二階堂さん。小鳥遊さんとはどういう関係なの?」

「許嫁」

「えっ!?」

「両親が決めた生涯の相手のこと。でも、結婚はしない」

「……?」


 首を傾げる琴音に、小鳥遊兄は苦笑する。


「まあまあ。今はその話は置いておいて、もっと楽しい話をしよう。――そうだ凜太郎、この間の遠足の話を聞かせてあげたらどうかな?」

「あーあれか。いいぜ、ちょうどオレも話したいとこだったし。けど、んー……どっからにしよっかな」

「とかげを見つけたところからはどうだい?」

「凜太郎くん、とかげ見つけたの?」


 真っ先に反応したのは二階堂だった。彼女が前のめりになると、小鳥遊弟は興奮気味に両手を広げる。


「ああ、こんっっなでっかいヤツ! 弱ってたから捕まえて、世話してやることにしたんだ!」

「凜太郎くん、優しいね。その子は今どこにいるの?」

「オレの部屋にいるぜ。そ、その……見るか?」

「いいの?」

「ああああたりまえだろ! アニキ、ちょっと行ってくる!」

「うん、いってらっしゃい」

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