第15話 偶然は友を呼ぶ

 それから一時間は経過した頃。俺は他人の家の一室を借り、畳の上で香箱座りをしていた。


『……よもや、こんな事になるとは』


 持て余した暇を使って数えた結果、此処だけで30畳ほどの面積があるらしい。生前はよく装備品で埋めていた狭さだが、今となっては落ちつかない広さだ。


「琴音。早く起きてくれ。お前が騒がぬなら俺が暴れるぞ」


 尻尾を持ち上げ、頭に乗せてみる。すると“布団”に横たわる琴音は、ゆっくりと目蓋を開いた。


「ん……あれ? 私、どうして寝てたんだっけ……」

「起きたか。どこか痛むところはないか?」

「えっと……うん、平気みたい。それより、ここどこ?」

「ああ、此処は――」


 起き上がる琴音の背に前脚を伸ばすが、主犯の男の手に遮られる。


「おはよう。よく休めたかな?」

「は、はい。その、あなたは……?」

「挨拶が遅れて申し訳ない。僕の名は小鳥遊たかなし誠。きみにぶつかってしまった張本人さ」


 すらりと伸びた手足に、耳触りのよい穏やかな声。“着物”に映える整った黒髪は、首筋を晒している。若々しい風貌からして、齢は20にも満たないだろう。彼はまさに、琴音の部屋に飾られた優男そのものだった。


 小鳥遊と目が合うや否や、琴音は頬を赤らめる。


「そうだ、私……! あのっ、さっきはごめんなさい! 小鳥遊さんはケガしませんでしたか!?」

「平気だよ。ところで、どうしてあんなに急いでたんだい?」

「……今日、クラスメイトの家に遊びに行く予定だったんです。でも、遅刻しそうで……」

「なるほど。ちなみに、それって二階堂さんかな?」

「あ――そうです! なんで分かったんですか?」

「つい先程、彼女から連絡が来てね。うちで保護していると伝えたから、もうすぐ来るはずだよ」


 琴音が驚いたのも束の間。襖は勢いよくスライドし、焦る少女を招き入れた。


「新城さん!」

「二階堂さん――ってうわっ!」

「良かった……わたしのせいで……」


 柄にもなく二階堂は、琴音を強く抱きしめる。数秒呆気に取られる琴音だったが、恐る恐る手を伸ばすと、同じように彼女を抱きしめた。


「ううん、こっちこそごめん。……約束の時間、間に合わなかった。お土産もぐちゃぐちゃになっちゃった」


 彼女たちが慰め合っていると、後から何食わぬ顔でレイがやってきた。一瞬視線がぶつかったような気がしたが、誰に挨拶することもなく飼い主を見守る。


『仕方ない。こちらから出向くか』


 重い腰を上げたものの、にどう接するべきか分からず立ち尽くす。そうこうしているうちに、今度はぶっきらぼうな声が飛び込んできた。


「おい。起きたならさっさと出ていけよ」

「こら凜太郎! 客人に何てこと言うんだ!」

「いやだって、アイツ外ですっ転んだんだろ? キレイな家がよごれるじゃんか!」


 着物を着たツリ目の子供は、敷居を跨がず舌打ちをする。そう――彼は猫モ開催日、琴音を脅した少年だった。


『生憎と、衣類は琴音共々無傷だ。貴様の兄のおかげでな』


 そんな裏事情も知らずに、圧をかけ続ける弟。しかし二階堂は彼に歩み寄るや否や、指を組んで訴えかける。


「凜太郎くん。もう少しだけここにいては駄目?」

「あ……いや、その――とうかは別にいいっていうか」

「新城さんも駄目?」

「そ、それは……」


 実に分かり易い。弟は尻すぼみに言い訳をすると、耳まで真赤にしてそっぽを向いた。


『二階堂、お前も中々に策士だな』


 相手の恋心を利用し、思うままに手で転がすとは。関心していると、小鳥遊兄は両手を合わせ無邪気に微笑む。


「どうせなら、此処にいる全員で遊べばいいんじゃないかな」

「えっ!? ちょっ、アニキ何言って」

「凜太郎も、二階堂さんと遊びたいだろう?」

「はあっ!? べ、べべべつにそんなことねえけど!? っ……とうかさんがどうしたいかだし!」


 二階堂は小鳥遊弟を見つめたまま、小さく頷く。


「私は賛成。新城さんは?」

「えっ……と、うん。私も大丈夫」

「じゃあ決まり。ヨスガくんとレイも良い?」

「問題無い」

「ン」


 果たして、俺の返事は兄弟にどう聞こえたのだろうか。兄は顎に手をあて笑うと、おもむろに立ち上がる。


「ははっ、決まりだね。では場所を変えよう。中庭に綺麗な花が咲いたんだ」


 小鳥遊兄は琴音の手をとると、彼女をゆっくりと立たせる。かくして、三竦みのような奇妙な茶会は幕を上げた。

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