12.5

 時は少し前にさかのぼる。順調に探索を進め、目撃者を作らず辿り着いたのは、灯りのともらぬ無人の部屋。


『ふむ。何らかの形で、多数の生徒を振り分けているのか。それにしても、いささか狭いな……』


 テーブルと椅子はそれぞれ30脚ずつ組み合わさり、皆同じ方向を向いている。その先に備え付けられた黒い板は使い古されており、白い粉は随所で薄く弧を描いていた。


『歴史を学んでいたのか。どれどれ――』


 消滅を逃れた言葉から、この世界の過去を読み解く。連なっているのは、角張った文字や丸い文字、さらには棒をいくつか組み合わせたような文字。複数の言語を用いられているように見えるが、不思議と全て呑み込めた。


『ほう……案の定、知らんものばかりだ。いや、知らんものしかない』


 ふつふつと湧き上がる知識欲。時計とスケジュール表から察するに、あと30分は誰も来そうになかった。


「……10分は読めるな」


 片っ端から机の名前を確認していくと、見慣れた猫のキーホルダーが目に映る。真紅の帽子やマントを身に着けた姿は、客観的に見ても見目麗しい。


『いつの間に……。悪くない気分だが、俺は作製を許可した覚えはないぞ』


 失敬ながら、かぶせの浮いたカバンを開く。


「くそっ、取れん……! この流れ、前にもやったことがある気がする……な!」


 肉球で挟み、飛び出ていた教本を抜き出そうとするが、これが中々に難しい。持ち上げてはすり抜け、傾けてはキーホルダーがガチャガチャと音を立てる。


「――っ、ここだ!」


 伊達に人間の過去を持っていない。重心を見定め、勢いよく一冊の本を引き抜き床に倒れ込む。


「はあ、はあ……っ。どうにか……取れ――」

「ねえ、今何か物音しなかった?」

「えー? 幻聴じゃね?」


 達成感を味わえたのも束の間。壁越しに聞こえたのは、耳なじみのない少女たちの声だった。ぞろぞろと接近する足音に、瞬く間に血の気が引く。


『窓は開いていない。物陰はなく、脱出も不可能。だが、奇襲なんてもってのほかだ』


 視線を動かしていると、部屋の隅に置かれた鉛色の箱が目に留まる。奇妙な存在感を放つそれは、高さ幅ともに、隠れるにはうってつけだった。


『賭けに出るしかない……!』


 ――そうして俺は、半開きの鉄の箱に飛び込んだ。


◇◇◇


 さながら入れ違いが如く、三人の少女は部屋に立ち入る。間もなく聞こえてきたのは、困惑の声だった。


「ほら、誰もいないよ? やっぱ幻聴じゃん?」

「あれ? 確かに聞こえたと思ったのに……」

「リスニング対策のし過ぎかもしれませんね」


 ドアの僅かな隙間から、外の様子を覗う。運動着姿の彼女らは、案の定周囲を探るように見渡していた。とはいえスケジュール上では、未だ授業は終わっていない時間。よって、全員疑問を抱きながらも踵を返す。――筈だった。


「えっ、なんか新城さんの机荒れてるんですけど」


 予定調和は虚しく崩れる。リーダー格と思しき少女が、琴音の机の惨状に気付いてしまったのだ。すると残りの二人も、床に落ちた教本に目をやる。


「あら、本当に。移動する前は綺麗に片付いていたはずですが」

「だよねだよね!? や、やっぱりさっきまで誰かいたんじゃ……!」


 一斉に口を閉ざし、顔を見合わせる三人。しかし大人びた少女が、冷静に鉄の箱を見据える。


「……仮にそうだとしたら、まだ犯人はこの教室内にいることになりますね」

「ヒイッ!? ちょ、怖いこと言わないでよ!」

「どうする? センセー呼んじゃう?」

「私、呼んできます。ふたりはそれぞれドアの前で見張っておいてください」

「えっ!? や、やだよ! もし襲われたらどうすんの!」


 押し付け合いともとれる応酬。ショートヘアの少女が狼狽していると、何処からか第四の少女が現れた。制服を着る彼女は、一瞬こちらに視線を向けると小さく問いかける。


「……何やってるの?」

「あ、二階堂さん。実はこの教室に、不審者がいるかもしれないんだ」

「不審者?」

「そ。それで今、センセー召喚しようかなって話してたとこ。ほら、新城さんの机やバッグが荒らされてるでしょ? だからいちおーね」


 二階堂と呼ばれた少女は、屈んでバッグや教本を凝視する。その様は、さながら探偵のようだった。やがて立ち上がると、リーダー格の少女に首を傾げる。


「……よければ、私が見張っていようか?」

「えっ、いいの? じゃあオネシャス!」


 先程の正義感は何処へやら。三人はあっさり言ってのけると、小走りで退出していった。

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