第13話 反省と糧

 それから少しの間を置いて、二階堂は鉄の箱の戸を開く。


「……もう大丈夫だよ」

「お前は、レイの飼い主の……」

藤香とうか。藤が香るって書く。新城さんとは同じクラスで、忘れ物を取りに戻ってきたの」

「あ、ああ。丁寧な挨拶と状況説明感謝する。俺はヨスガ――いや待て。お前、俺の言葉が分かるのか?」

「? うん。新城さんと同じで、理由は分からないけど」

「! ……それは話が早い」


 「だが、何故知っているのか」。そう口が動きかけたが、欠伸あくびとして誤魔化す。


『琴音自ら打ち明けた可能性もある、が――』


 昨日の琴音のリアクションからして、その線は薄い。不明瞭な解より、必須の助太刀を求める。


「では早速で悪いが、脱出をサポートしてもらえんだろうか。恥ずかしながら、この手では満足に窓も開けられなくてな」

「任せて」


 二階堂は窓まで足を運ぶと、解錠し外を覗う。見守っていると手招きをされたため、すぐさま駆け寄った。


「出て大丈夫。ここが一階でよかったね」

「助かる。それと、この件だが……琴音には内密にしてくれないか」

「分かってる。もうすぐあの子たちが戻ってきちゃうから、早く」

「ああ。この借りは必ず返す」


 地面に着地し、去り際に振り向く。窓越しに二階堂が口を開いた気がしたが、迫る足音に門へと駆けた。


◇◇◇


 二階堂のおかげで、帰宅はスムーズに済んだ。フェンスの間を通り抜け、庭に立ち入り人影を探す。


『琴音の母は――外出中か』


 しかし誰もおらず、代わりに窓が僅かに開いていた。申し訳なさを覚えながらも、礼をしたためた紙をリビングに置き、琴音の私室に戻る。テーブルの上には、既に昼食が用意されていた。


『まだ温かい。……二人には頭が上がらないな』


 平らげた後は睡魔に抗えず、猫用ベッドに横たわる。


「結局、琴音の人間関係は把握できなかったな。だが――」


 二階堂藤香とうか。彼女が奇しくもクラスメイトだという発見はあった。本来の目的には程遠けれど、有益であるに違いない。そんな小さな達成感に浸りながら、俺は眠りについた。


◇◇◇


 目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。しかし、慣らす間もなく視界は眩しさに覆われる。


「……ただいま、ヨスガ」

「ああ、おかえり。……何かあったのか?」


 照明によりつまびらかになったのは、悄然しょうぜんと俯く琴音の姿だった。


「……うん。私の鞄が荒らされてたんだ。何も盗られてなかったけど、少し怖くって。被害にあった人が他にいなかったから、大事にはならなかったんだけど……」

「それは――」


 迫り上がる罪悪感。言い訳をする気にもなれず、深く頭を下げる。


「……すまん。俺がやった」

「えっ!? ヨスガ学校に来てたの? もしかして、お母さんは知ってた?」

「……昨日の態度が気になり、少しばかり協力を求めた。お前の現状を把握し、微力ながらも手助けをせんと奮ったが故に。しかし、今回の件でよく分かった。過干渉は害にしか――」

「なーんだよかった〜! 不審者はいなかったんだね」


 安堵の溜め息をつく琴音に、のしかかっていた後悔は吹き飛ぶ。代わりにやって来たのは、率直な疑問だった。


「あ、ああ。それよりも……怒らないのか?」

「え? なんで? ヨスガは私のことを気遣ってくれたんでしょ? びっくりはしたけど、怒りはしないよ」

「……そうか。ならば、一つ訊ねたい。琴音は“二階堂藤香とうか”を知っているか?」

「うん。同じクラスの子だけど、何かあったの?」

「実は――」


 覚悟を決め、事の顛末を話す。やがて全てを聞き終えると、琴音は目を丸くした。


「えっ、二階堂さんもヨスガの言ってることが分かるの!?」

「そのようだ。理屈は不明だが……会話が成立していた以上、疑う余地はない」

「ふーん……? 不思議なこともあるんだねぇ」

「本当にな。ところでその件について、琴音に頼みたいことがあるんだが」

「……レイくんと話してみるとか?」

「違う。その飼い主――二階堂藤香に接触してくれ」

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