第14話 表裏一体の思惑

「二階堂さんに接触……!? ――って、どういうこと?」

「理由は3つある。1つ目は、彼女に借りがある為。2つ目は、琴音に友人を得てもらいたい為。そして3つ目は――」


 「弟がいないか調査してもらう為だ」。そう言いかけたが、言葉尻を濁す。


「……いや、何でもない。以上2点のみだ」

「? 分かった。でも、ん〜……私に出来るかな」

「人と関わりをもつのは不安か?」

「……うん。不安だし、少し怖い」

「怖い?」

「……小さかった頃、仲良かった子にある日突然仲間外れにされたことがあって。それから今まで、クラスメイトとは深く付き合わないようにしてるんだ。……誰とも友達にならなかったら、ずっと傷つかないでしょ?」

「――」


 二階堂を避けていたことに合点がいった。彼女を忌避していたのではなく、自身の保身によるものだったのだ。俺が二の句を継げずにいると、琴音は両手に拳を作る。


「でも、ヨスガのためなら頑張るよ」

「いや。それでは駄目だ」

「えっ?」

「これはあくまでもだ。俺を理由に行動していては、いずれ俺が居なくなったときに挫折してしまう」

「……」


 すると伝え方が悪かったのか、琴音は俯き押し黙ってしまった。


『……少々言い過ぎてしまった』


 俺の失態を嘲笑うかのように、沈黙が場を支配する。彼女が心を開きかけている最中、酷な話だと何故気が付けなかったのか。ひとまずフォローせんと口を開くも、琴音は小さく笑い声をもらす。


「――あははっ。まったくもう、パパみたいなんだから」

「……すまんな。この齢になると、どうにも口うるさくなる」

「ううん、私なら大丈夫だよ。ありがと、ヨスガ」


 眉尻を下げながら、俺の背を撫でる琴音。その本心は、何処か遠くにあるように見えた。


◇◇◇


 翌朝。慌ただしく支度をする琴音を見守りながら、リビングで朝食をとる。琴音母を交えた、忙しなくも賑やかなひと時。相変わらずひと席空いたままだったが、今回も聞けずに食事が終わった。


 そして定刻通り、エントランスにて制服姿の琴音を見送る。


「じゃあ、行ってくるね」

「ああ。道中警戒を怠るなよ」

「ふふっ、はーい!」


 笑顔で駆け出す琴音。今日一日でどれほど進展するかは未知数だが、あとは結果を祈るのみだ。


「さて、俺もトレーニングを始めるか」


 リビングに踵を返し、テラスを越えて庭に出る。琴音の母は家庭菜園が趣味らしく、芝生の先にはいくつものうねが作られていた。


「見事なものだな。全てが実ればさぞ壮観だろう」


 琴音の部屋の倍はあるだろうか。レンガで囲われた土はふかふかと柔らかさをアピールしており、思わず飛び込みたくなる。そんな欲求から意識を逸らそうと、彼女の母から得た知識を、立て札のない畑に向って独り復唱する。


「“キュウリ”、“ピーマン”。そして――“トマト”に“ナス”だったか。しかし……これだけの量、消費しきれるのか?」

「あら、ヨスガくん。畑が気になる?」

「ニャア?」


 振り向くと、テラスの縁に琴音の母が立っていた。どうやら一日オフらしく、部屋着姿のままこちらの様子を窺っている。ひとまず俺から接近すると、彼女は微笑みクッションを二枚置いた。


「この畑ね、毎年作ってるの」

「ニャニャ?」

「ええ、最初は大変だったわ。ミミズに驚かされて、虫に悲鳴をあげて、日焼けにうんざりして。……でもね。くわで耕して肥料を撒いて、お水をあげてっていうのを繰り返してたら、段々楽しくなってきちゃって。今ではすっかりベテランよ」

「ニャムニャニャア」


 「それはすごい」。食糧を自力で賄うなど、心持ちが立派である。


『それに引き替えて俺は……生前も与えられてばかりで、ろくに土いじりなどしてこなかったな。血肉となる、生き物にも触れてこなかった』


 今世では、いくらか機会はあるだろうか。畝をぼんやりと眺めていると、琴音母が顔を覗き込む。


「あらあら、待ちきれないって顔をしてる……気がするわ。そうねぇ、あと3ヶ月後くらいかしら。なったらヨスガくんにもあげるわね」

「ニャ」

「ふふっ、今日はちゃんと会話が出来てる気がするわ。ヨスガくん直筆のお手紙も読めたし、もしかして私にも才能があるのかしら?」

「ニャー」


 クスクスと笑う彼女に、短く返事をする。


『だが彼女の言う通り、俺の言葉が理解できる者とそうでない者がいるのは事実だ。もっとも、彼女は文面のみに限定されるが。三人に共通するものは……駄目だ、分からん。一体条件は何なんだ?』


 眉間にシワを寄せていると、尻尾をいじくり回された。

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