第12話 偲ぶは誰が為に
真横から浴びるスポットライト。観衆は盛大な拍手を贈るが、俺には遠い世界の出来事のように入ってこない。
「――な」
代わりに、脳天に雷を喰らったが如く衝撃が走った。それは琴音も同じだったらしく、わなわなと肩を震わせる。
「っ……そんな……」
「――」
眉一つ動かさずに、琴音を一瞥する少女。だが すぐにそっぽを向いてしゃがみ込むと、レイと呼ばれた黒猫を抱きしめる。
「ありがとう」
「……ニャ」
最優秀賞でありながら、最も静かな祝福だった。満ち足りた表情の猫耳男は、やがて神妙に進行を再開する。
「それでは、3名の方は一歩前にお進みください。記念品と表彰状をお渡ししますので、くれぐれも猫ちゃんたちにイタズラされないように――」
◇◇◇
その後のことは、よく覚えていない。辛うじて記憶に残っているのは、ささやかな参加賞を手にした琴音が、出迎える母親を無視して部屋に駆け上がったことくらいだ。
◇◇◇
ワンピース姿のままベッドに飛び乗った琴音は、枕に顔を
「んあーーー! 悔しいいいい!!」
「……すまない。俺が、猫らしいアピールを出来なかったばかりに」
「ううん、ヨスガのせいじゃないよ。ぐすっ……どの子もみんな、カッコよくて可愛くて。私だったら、どの子に入れたらいいか迷ってたと思う」
おもむろに身体を起こす琴音。その両目には、大粒の涙が溜まっては溢れていた。しかし彼女は、涙を袖で拭いながら微笑む。
「……あ、でもね。一つだけ嬉しかったことがあるよ」
「何だ?」
「ヨスガをみんなに見てもらえたこと。優勝はできなかったけど、あのときの剣舞は、絶対みんなの記憶に残ったよ」
誰を貶すこともせず、自身を責めることもなく。その人徳に思わず目を丸くするも、間もなく自然と笑みがこぼれる。
「フッ……そうか。であれば、次を見越して一層の研鑽に励むとしよう」
「うん! ……あ、でも次はフリフリのかわいい系で攻めてもいいかも?」
「それは勘弁してくれ」
◇◇◇
猫モに苦汁をなめさせられた翌朝。窓の外は、胸中を反映したかのように曇天に淀んでいた。しかし変わらず腹は減るので、テーブルに置かれた焼き魚を頬張る。
「……悔しいな」
だが――全力は出し切った。俺が不正を疑う一方、彼女は気持ちを切り替え、今日も学校に向かっている。であれば、俺もいつまでも引き摺る訳にはいかない。
「それよりも、懸念すべきは琴音の交友関係か」
金銭面の解決が遠退いたからには、次なる目的を見つけなくては。そう考えあぐねた結果、出てきたのは一つの干渉。
「余計な世話かもしれん。だが……、一方的に恩恵を受けるのは性に合わんのだ」
◇◇◇
そうして俺は、琴音の母から受け取った地図を頼りに、ある場所へと赴く。他猫を避けながら、幼子から身を隠しながら。
◇◇◇
「――此処か。存外、近いところにあるのだな」
迷うことなく辿り着いた場所。それは、琴音の通う学校だった。校舎の隣は運動場になっており、スポーツに励む声が聞こえてくる。しかし警らする者は不在だったため、領域を囲う鉄柵の隙間から簡単に侵入できた。
足音のしない廊下を進みながら、周囲の状況を観察する。窓は通路という通路に張り巡らされており、行き交う人の顔を確認出来そうなほど隙がない。
『それにしても、妙にベタつく廊下だな。……もしや、部外者の痕跡を記録しているのか!?』
うっすらと残る、何者かの靴跡と、自身の肉球の跡。凝視しなければ気付けない程度だが、猫に関しては不自然極まりなかった。
『っ――、油断していた。……隠滅は既に困難か。未だ目的地にすら辿り着いていないというのに、何たる体たらくだ』
件の少女に顔が割れている以上、強行突破は策に入らない。しかし道は一本しかなく、随所にドアがあるのみ。少ない情報からルートを模索していると、すぐそばから無数の椅子が引きずられる音が聞こえてくる。
『状況次第では、早期撤退も視野に入れよう。……確か、1-Aだったな』
廊下の端に寄り、飛ぶようにその場を立ち去った。
◇◇◇
目的地は、想定よりも容易に見つかった。……だが、同時に想定外の事態に巻き込まれる。
『で、出られん……。早く、早く立ち去ってくれ……!』
――俺は今、掃除用具とともに息を潜めていた。
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